ビートルズの影響で趣味から思考回路まで一変した著者が日々の出来事と彼らとの接点を綴ります。できるだけ様々なアングルで書きたいと思います。

土曜日の夜も終わって、もう日曜日に突入した。
夜中に作業することも結構多いので、この真夜中という時間もすでにさほど苦でもない。

真夜中をぶっ飛ばせ、という日本語タイトルももしかして石坂敬一が作ったのだろうか。だとしたら、これだけはちょっと賛成できない和訳だなあ。原曲名が複雑だから邦題変換も困ったのかもしれないけれど、ちょっとギコチナイ。

昔は何でもシングルカットじゃ邦題をつけて出してたから、どうしても今この時代になると語感からしてもう古さや非日常的なものも多くなってしまうのも仕方ない。ビートルズの邦題は結構それでもまともなほうだろう。今でも笑いもそんなにおきないから。それどころか、今の語感をしてもクールな邦題も残っているように思う。

抱きしめたい、なんてある意味ではオーバーな誤訳だけれど、これも名コピーだなあ。これは時代を超えてビートルズのエネルギーを今も運ぶような邦題。もちろん、この今の時代じゃだれもこんな曲名は寄せ付けないかもしれないけれど。

そのほかに今でも結構好きなのは、夢の人(これ好きだなあ)、涙の乗車券(まあまあ合格)、恋に落ちたら(映画のモノクロの雰囲気とこれあってるなあ)、今日の誓い(ちょっと大げさだけどまあOK)、すてきなダンス(これも映画見た後でならOK、でも今は原題のほうがベター)…ううむ、こうなるとやはり初期の曲はまあ邦題が多いなあ。完全に邦題が消えたのって、リボルバーあたりからだろうか。

でも、今でもちょっと気に入らないのもある。

ビートルズがやってくるヤア・ヤア・ヤア
これはどうも個人的にダメだ。原題のほうがはるかにいい。

ノルウェーの森
これも誤訳だよねえ。ノルウェーの木でできた家具のことを歌ってたと思うけれど、ノルウェーの木、とは訳せないからこうしたのか、本当に誤訳したのか?でも、この訳のおかげで曲は結構深みを帯びたり、果てには村上春樹も恩恵にあずかったのだから、誤訳も力で押せば勝ちってことか?

恋を抱きしめよう
これも個人的には曲をぶち壊してる邦題なんだけどなあ。

恋のアドバイス
わからないでもないけれど、ちょっとやりすぎじゃないか?

消えた恋
何でも恋だの愛だのにしてたのもこのころの特徴だよなあ

悲しみをぶっ飛ばせ
これも「ぶっ飛ばせ」がはいってるけど個人的にはやはりついていけない


ふと思いつくところだとこんな感じだろうか。
でも、救いは名曲は結構原題のまま残っているのが多いってことかな。
だって、イエスタデイがたとえば「昨日の恋」だったりストロベリーが「イチゴ畑の恋」だったりしたら完全にキレルって。そのあたりの感性は、京都の恋でもうたくさん。

邦題も笑えるものあるけれど、結構難しい。コピーライターでもこれはダメじゃないかなあ。
音楽そのもののイメージをつかみきれないと時間の流れに耐えられないから。



完全復調ではないけれど、少しは日記でも書く気もおきて来た。
人間不思議なもので、バイオリズムのような気分の上下運動はどんなに平穏な生活を送っていても起きてくるのかもしれない。自分だけかもしれないけれど、どうも完全疾走して毎日を過ごすことはそう簡単でもないのだ。

調子が悪いときは、ビートルズですら接しなくなる。むしろ接して楽しむ状態ではないので、あれだけの神々しい世界に近づく気もしないのだろう。調子が上向いてきたとはいえ、このところはビートルズは長いこと部屋には流れていない。まあ、それでも体のどこかしらには何時も苔のように張り付いているのもビートルズなのだけれど。

このところ、ずいぶん接していなかった昔の映画を見て楽しめた。長い時間を経ても、今なお同じ感動もあることも確認できたし、自分の芯は変わっていないということなのだろう。

日本の暑い夏は真っ盛りで、こんな季節は子供のころに楽しんだ花火大会やカキ氷の風景がリアルに蘇る。クーラーもなかった夏、川原で泳いでは駄菓子やに駆け込んでカキ氷。エネルギーあふれて疾走してた若さの頃。朝から日が沈むまで体は太陽とともに活動した。夏の記憶は今も数多い。

そして夏の思い出に必ず重なるのがバンド・オン・ザ・ラン!
あのオーケストラの変調からギターのコードが流れてくると、今も活気づいては軽快に駆け出していきそうになる。この曲が夏のリリースだったかどうかは覚えていない。でも、あの暑い夏、われらのテーマソングはこれだったのだ。全員で遠出しても、みんなが鼻歌、みんなが自転車のって歌ってた曲だった。ギターのメロまで口でまねして、タラッタタータータータタ(リードギターのメロ真似)!
夏、太陽、自転車、友達、若さ、そんな思い出に欠かせないのがこれなのだ。
 
バーン、ドン、ザラン。バーン、ドン、ザラ〜ン♪ 
俺の夏は今もコレなんだなあ、やっぱり。


狂気といってもピンクフロイドじゃない。

父親刺殺に書店店員の突然刺殺。どうも日本は物騒だなあ。なんなのだ、この脈絡のない事件は。

これは犯人よりも、それを生み出す社会がおかしくなったのだろう。自分は生きていけるから他人はどうでもいい、という社会はとかくこうなる。でも、その自分はうまくいっているからOKという人も、社会を思いやらないと結局は自分も狂気の社会に生きていくことになる。一部だけの勝者を作り出す社会は結局は全員が居心地が悪い環境で生きることになる。

まあ、この凋落現象はとまりそうもない。

Cry baby Cry


スポーツは好きだけれどここで書くのは初めてか。

野茂の引退。
いずれはあることだけれど。
あの姿にどれだけ勇気付けられたことか。
感動させてもらったという尺度では、松井もイチローも野茂にはかなわないなあ。


カッコいい野球人生でした。もらった涙に感謝します。



最近、日本との仕事も多くなってきた。よく思うのだけれど、これだけ日本という国が外国で知られるようになったのも驚きだ。子供のころは、本当に世界の人は日本という国の知識などはほとんどなく、興味もなく、正直言えば黄色いサル程度のイメージだったとしか思えない。

でも、今はアニメ、ファッション、食、映画、音楽までもすごいスピードで拡散しているようだ。フランスでのアニメ熱は異常だし、あまり知られていないけれどロシアの日本への憧れにも似た尊敬はロシア人から聞く限りは爆発的な勢いのようだ。クールジャパンというらしいけれど、日本がカッコよく思われている一面があるらしい。過去をしる人間としては驚きでしかない。

文化輸入国という立場でしかなかったし、それしか知らない育ちかたをした自分としては、この文化輸出現象は信じられないくらい。


でも、不思議と文化が輸出されて喜ばれるって言うのは、日本のトヨタやソニーが受け入れられているということよりはるかに胸躍る。なにか、われわれの心が理解されているようで、やたら喜んでしまうのだ。本当にかつては想像すらできなかったことだ。

1960年代、リバプールという世界の片田舎であの現象が起きたとき、おそらくリバプールは驚きと喜びに出会ったのだろう。その気持ちもなぜか今少し理解できる。世界の人は、ビートルズを通してリバプールの心までも知ったのかもしれない。リバプールに行くといまだに市民はビートルズを誇りに思っている。でも、誇りを持ってもなんら誇大な妄想でもないし、こちらは拍手すら送れる。

良い文化交流とは最高のコミュニケーションを生み出すということか。


日本経済が強力で世界を席巻しても、誇りをもったりするまではできなかった。むしろ、世界では日本の製品を排斥する運動まで起きてはジャパンバッシングだった。今、日本文化が輸出されてもバッシングはほとんど起きていない。むりろさらに多くのファンを生み出している。

これに誇りももてるようになるなら、日本の文化も一人歩きできるようになったということか。


そうか、リンゴ誕生日か。
でも、写真見ると若いじゃん。
こういっちゃ悪いかもしれないが、ポールの顔がもうヨレヨレになっているのに比べると
リンゴには張りがあるな。おそらくジョンやジョージが生きてても、この程度の張りは
あっただろうけど。ポールは最初から、あのホッペタだからどうしても緩みやすいの
かもしれんが。リンゴは声もまだヨレてないし。

ポールは活動はとてもあの年とは信じられん位若いけれど、外見だけはほかのメンバー
のほうが張りを保てる要素があったのかもしれん。

リンゴ、68歳には見えないって。せいぜい50歳前後ってとこかな、この写真だと。
おめでとう、世界最高のドラマー!

---------以下、引用





 [シカゴ 7日 ロイター] 元ビートルズのメンバー、リンゴ・スターが7日、シカゴで68歳の誕生日を祝うイベント「ピース・アンド・ラブ」を開催した。
 事前の告知がわずかだったにもかかわらず、約200人が当地にある「ハード・ロック・ホテル」前の通りに集まった。
 集まった人の中には、至近距離で黒いジャケットにサングラス姿のスターに接した人もいた。スターの傍らにはバーバラ夫人の姿も見られた。
 新聞で同イベントを知り、カリフォルニアから駆けつけたというあるファンは、「ビートルズを見た」と念願がかなったことを喜んでいた。
 全米ツアーの真っ最中のスターは、自身のウェブサイトでイベントの開催を告知していた。

Flying

飛行機に乗っていて、あのふんわりしたインストの1曲が頭でなってた。

Fool on the hill

家に帰って近くの丘を眺めてたらこれがなりはじめた。



旅にちょっと疲れたかな


思ったより早く用は済んだので、来週には日本を出て旅をしてからNZに帰ることにした。

日本は大変だなあ。それが感想かな。先進国でリッチな国なのだろうけれど、大変だ。
今日は労働者の最低時給が600円台(だったかな?)になるとかならないとかのニュースも見たけれど、ちょっと驚いた。農業国のNZですら最低賃金は時給で11ドル。ほぼ1000円くらい。年収300万円でも立派な家に住み、緑に囲まれて生活する国。でも、世界では日本のほうがはるかに先進国。

日本は会社やトップの勝ち組という人にはいい社会だろけれど、切捨て御免の国になってしまったのかもしれない。

ニュースを毎日見ていて、ちょっと苦しささえ覚えてしまった。なぜなら、NZではこんなニュース自体がないから。みんなが金持ちじゃないけれど、生活苦で自殺する人もホームレスも皆無。こんなニュース自体がテレビで出てこないのだ。一度だけ、何かの理由で家がない人のニュースが流れたことがあったけれど、ものすごい社会問題になった。納税者で社会に貢献しているのに、最低保障もない人が出ていることに国民が黙っていなかったのだ。テレビでは大臣が詰問されて、翌日には解決に向かって国が動き出した。たった一人の困惑にも、社会がそれを見逃さない。民主主義の基本を教えられた。

一度、NZで日本の政治が腐敗だらけだけど長い間変わらないという話をしたら、誰も信じてくれなかった。「ありえない」というのだ。今は、彼らの発言も変に納得してしまうけれど。


でも、今回の滞在は有意義だった。いいことも悪いことも再認識できたし、自分がやりたいこともまた認識できた。まだしばらくビートルズブログらしくなるには時間もかかりそうだけれど、とりあえず歪んだ方向性だけは修正できてよかった。

滞在中、ジュリアンレノンの1stアルバムを聞いてた。Valotteという当時はヒットした曲だけれど、聞いてて涙してしまった。いままで気づかなかったけれど、これはジュリアンは少なからず(もしかしたら完全に)ジョンを思って書いた曲なのだと思ってしまった。歌詞がまさに。

初めて聞いたのが20年以上前。当時は音楽として聞いていただけだけれど、今は海外暮らしも長くなって聞いてて歌詞が自然に入ってくるようになったということか。知らぬうちに俺も少しは成長したんだな。

またしばらく休眠。