雑記と日記

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今回の聖火事件の流れは明らかに中国への意見が積もり積もった形で各国から噴出しているイメージがある。発端はチベットだけれど、どうもその背後には民主化されていない大国への不満も見て取れる気もするのだが。思い込みだろうか?

いいたいことも言い過ぎれば政治的な意見になるから感想だけにするけれど、やはりこうしてブログを平気で何でも書けるような環境というもの、言論の自由、信仰の自由、それに人権というものは尊い。これがなければ、夢も希望も語ることさえ空虚なものになる。

自分も一歩間違えて戦時中に生まれていれば、この環境がない世界で育っていたということ。大変なことだったろう。

オリンピックの頃になると、いつも頭の中でなる曲がAll You Need Is Loveなのだけれど、これも連想しているのは平和と愛と自由。あのジョンレノンのヒッピーで当時ぶっとんだ格好で世界中継されたわけだけれど、さぞや世界はあのヒッピー連中の画面に困惑しただろう。でも、表現の自由ということは、そういうこと。

ビートルズに出会わなかったら、おそらくは僕も意見も言わないことが美徳と信じる世界で生きてきたかもしれない。けれど、出会ったのが良かったのか悪かったのか…。ビートルズのおかげで、言論の自由を最大限利用して生きることの快感も覚えてしまったかな???

ポールの慰謝料が46億円で決着しそうだ、というニュース。

これでどうも感覚が変だったのが、ニュースで聞こえてくるドルの話。テレビでは50ミリオンというニュースになっているのだけれど、これでいつもなら60億円、少なくとも50億円以上にはなる。ところが、今では円高、というよりはなはだしいドル安でこの有様。

サブプライムでアメリカがバブル崩壊に追い込まれそうな感じだけれど、これからさらにドル安になると日本もまた景気は停滞しそうだ。

だいたいにして、アメリカの好景気が嘘のように長すぎた。今回はそのつけがやてきたってことだろう。アメリカの一国支配で世界は長い間我慢状態だったけれど、それもやはり永遠には続かない。日本もかつては、永遠に世界を制覇しそうな経済状況だったけれど、今はひとつの先進国に過ぎない。同じ状態はやはり簡単には維持できないのだ。

しかし、それでもアメリカは世界の頂点としておそらくは永遠にその座を譲らないような気もする。経済は停滞し衰えても、素質としての潜在力はそう簡単に変わらない。国家としてのアメリカはそのくらい強く見える。

アメリカドルの弱さを見ていると、1970年代、解散後に主役を他に譲ったビートルズを思い出すなあ。ハードロックやプログレに主役が移って、ビートルズは過去のようになっていった。でも、結局はビートルズは今に至っても常に「現在」のままでいる唯一、または数少ない過去のアーチストなのも事実。どんなものにも欠点や低迷はある。それを乗り越えていける、ということが本物の証明でもあるのだ。

アメリカは、また戻ってくるだろう。そんな気がする。
でも、日本はこれからまた戻れるのだろうか?


実はストーンズの中で一番好きなメンバーはキースリチャーズ。
あまりストーンズにのめりこんだわけじゃないけれど、なにせビートルズと付き合ってきたということはストーンズの情報も同時期で同じように入ってくるわけで、考えてみると彼らの作品も相当付き合ってきた。ビートルズのほうが聴いているし、それはストーンズに限ったことじゃないので、ZEPでもクイーンでもジェネシスでもピンクフロイドでもペンタングルなんてフォークでも、時々ビートルズの合間に無性に聞きたい感情に支配されることがある。

割とすきなわけなんだけどな。メジャーでもマイナーでも、音楽でも映画でも本でも、深い知識があるなんていうつもりもないけれど、とにかく好きなものや気になったものはチェックしてきたからな。なので、ストーンズの作品も気分しだいでは1日染まってることもあったけどなあ。

で、話をキースリチャーズに戻すと、ニュースによるとZEPの再結成なんて知らなかった、とか、オアシスだのモンキーズだのはあいてにもしてねえ!ってな発言を最近バリバリに繰り返してるらしい。

キースはエルトンジョンともガンガンにバトルやってたし、なにか酔っ払って頭に来たことは全部話してんじゃないのかってな感じだなあ。でも、まあそれがあのオッサンのいいところなんだろう。俺は当然ビートルズファンだけれど、キースは何故かはまるのだ。どこかジョンやジョージのような辛らつさもあったり、それでいてジョンやジョージには哀悼をいつも表したり、憎めないなあ。ギターは好きなときもあるし、最近はどうもやる気あんのかなあ?ってなギターしか聴いてないけれど、まあ昔は結構演奏は乗ってましたからね、いいギターでした。復活してほしいなあ。

でも、キースさん。周りの若いモンをおちょくるのはいいですが、ZEPまでおちょくる必要もないでしょう。少し年上でも、もういい加減同世代のようなもんだし。でも、とにかくこのオッサンは面白いよ。好きだなあ。死神みたいにいつまでもフラフラして生きてるし。あのゾンビみたいな風貌は、60年代の美少年的な顔を知るファンを裏切っているんだけど、彼はわかってんのかな?どれだけあの頃と格差のある顔してるか。まあ、それももうどうでもいいって?そうだろうな。

誤解のないように。応援してますからね。キースさん。
酒飲んで、ぶっ倒れて、ギター抱えて、そんな余生をいつまでもライブでがんばってください。

キースがベースで、エリックがリード、ジョンが歌ったヤーブルースは名演だった。あの光景ももう見れないのもつらいなあ。でも、キースがいってたけれど、もしチャップマンが牢獄から抜け出したら、ジョンのカタキを取るって。

あんまりいいエールじゃないけれど、本音で言えば多少期待してるから、その日がたら逮捕されないようにこっそりお願いします。





プロレスの黄金時代、それは戦後の象徴でもあった。力道山が出て、街角のテレビに人垣ができては、大声でテレビに向かって応援したプロレス戦後の第一期。

そして、馬場と猪木というジョンとポールにも匹敵するような巨頭が現れて、その力道山の跡を継ぐ。まるでエルビスの後を継いだジョンとポールのように、時代は流れていった。

そして、白黒テレビがお茶の間に普及し始めた頃、アメリカからスピニングトーホールドという鮮やかな必殺技をもって日本に来て、馬場、猪木をも凌駕した力を示したのがドリーファンクジュニアだった。馬場は(たしか?)そのスピニングトーホールドで惨敗し、猪木は伝説の大晦日決戦に紅白歌合戦の裏番組でありながら当時はチャンネルに迷うほどの名勝負を繰り広げ、引き分けでドリーファンクのチャンピオン防衛となった。

何というロマンの時代、セピア色のリングの模様が今も脳裏に懐かしくも鮮やかによみがえる。

そのドリーファンクジュニアがヤフーニュースによると今日引退試合を日本で行い、笑顔と共にリングを去ったらしい。馬場、猪木を苦しめながらも、日本のファンに愛されたレスラーはドリーファンク以外には当時はデストロイヤーくらいしかいなかったろう。

これで、また我々日本人に時代を覚えさせてくれた人が去っていったということだ。

と、なんとプロレスの話から入ってしまったけれど、おそらく我々世代でプロレスを真っ向から笑い飛ばせる人間はそう多くはないはずだ。将来を夢見て、何かに向かってでも道を切り開く力を必要とした時代、プロレスは今と違って時代の力をまちがいなく牽引していた。今でこそ格闘技というジャンルがあるけれど、プロレスは当時はジャンルではなく、人々の心に宿る希望のようなものだったのだ。今これを当時を知らぬ人が読めば笑うかもしれないけれど、当時を知るものとして、これは事実を伝えたい。
このドリーファンクも、猪木も、馬場も、時代の象徴だったのだ。1-2-3ダー!という儀式などは当時はなかったのだ。

力をもって将来に希望を見せてくれた彼らには案外心から感謝をしている。彼らの汗と血とエネルギーは、何かやらなきゃならん、という気持ちに大いに火をつけてくれた。

そして才能や創造性というとんでもない、それまで知りえない世界を見せてくれたのがビートルズであったし、力で切り開いた時代を率先して行ったのは彼ら当時のリングの連中だったのだ。


ドリーファンク、さよなら。寂しいけれど、これも流れた尊い時間があったからこそ寂しい。
1960年代は本当に過去になって行ってしまうのだろう。1960年代のあの夢と力の渦巻くような感覚、そんな時代にガキのブンザイであっても、同時に生きられたことを今日も嬉しく思った。








この写真、ジョージの有名なヘンリーオンテムズの大邸宅。死ぬまでこの邸宅は手放さなかったわけだから、相当好きな家だったのだろう。ただ、聞くところによると、部屋が40くらいあるらしい。でも、そんなガッポリ部屋あっても使いきれないって!

というのは、やはり貧乏人の発想だろう。金持ちはそうはならない。

実際、自分がいま住んでいるところは相当家も安くてがんばれば少し大きな家にも住める。じゃあ、ゆとりのある家を…と思うかというと、そうでもない。一部屋使わない部屋があるだけで、なにかもったいないような気がしてダメ。

ジョンの例の白亜の豪邸も凄かったし、ポールに至っては両端まで飛行機で20分くらいかかる農場に住んでるし。それも彼らはすべて30歳くらいで手に入れてたわけだ。

金を得るということは、贅沢も許されるということ。それがゆとりとなり、こころが豊かにもなるのだろう。ただ、俺はおそらく(ありえないけれど)金持ちになっても小さな家に住んでそうな気がすんだなあ…
なぜって、小さい家の方が断然落ち着くから。

これじゃ、やっぱりダメだ。
今日、また日本の政治家が自殺したらしい。日本の政治の混迷はどうも見ていて収まりそうもない。いつでも何か理念以外のことで動機が作られていく。純粋に国を造ること、夢を託して未来を見ること、そんな政治や社会は消え去ろうとしているのだろうか。

政治家でも誰であっても、邪念に取り付かれた人はそこで戻るべき道を見失う。結局は、純粋であり真摯な目的の探求だけが崇高な姿を守り続けることができる。

政治に邪念は多すぎる。だから見ていてなにも信じられない。この国はなにかおかしい。歯車が狂い続けるなら、最後にはすべてが崩壊して終焉を迎える。

話は違うけれど、終焉を迎えることを知ったビートルズが最後に真摯に向かい合ったのは紛れもなく音楽であった。それが純粋な姿を取り戻す方法であることをメンバーが知っていたのだろう。それが、アビーロードを完成させたわけだから。もし、邪念が少しでも残っていたら、まだレットイットビーのままの状態であったろうし、Becauseのコーラスもあの一糸乱れぬ純度までは到達しなかったように思う。
ビートルズの音楽を否定できない凄さはここだ。彼らがすべてを音楽だけに捧げるなら、硬質なダイヤモンドのような作品が出来上がる。それは崩壊を知らない。


滅びることは新しいことを生み出すこともある。しかし日本の今は何かを生み出す力は残っているのだろうか。

初めて海外旅行をしたのは21歳のとき、ロサンゼルスだった。数年前にホテルカリフォルニアが発売になったあと。ロサンゼルスでそのジャケットと同じホテルを見たときはやたらに感激した。本当にLAにキタゾーってな感じで。

アメリカではブルース・スプリングスティーンのコンサートを見て、死にそうになった。カッコよくて、エネルギー満載。まだまだ日本では、ロックコンサートでも座ってみているような時代。会場総立ちで踊りまくって唄いまくってそれでヘトヘトでコンサートは終了。これぞ、アメリカ!という感激だった。

今日、アメリカンロックの過去からの作品を少し聞き出していたら、そんな思い出がよみがえってきた。1981年、いい時代だった。だけれども、そこにはもうジョンはいなかったけれど。1980年だから、ジョンが突然いなくなっちゃったのは。

海外が遠かった時代、そこに行くことは夢だった。遠いアメリカ、遠いイギリス。

はじめてリバプールに行ったときは、すでにそれから8年後、1989年になっていた。あのグループは解散していたし、親分だった人はすでに死んでしまっていた。暗く、沈んだ町。冗談でも言っていないと落ち込みそうな雰囲気の町。数年前に見たアメリカの雰囲気と180度違っていた。でも、ここでアメリカをも席巻したあのグループは生まれたわけだ。そしてそれで自分のその後の人生も180度変わったわけだ。

ホテルカリフォルニアの時の体を動かす感激はリバプールにはなかった。ただ、自分の原点に触れた喜びがあった。熱い涙も流れた。

1989年、若かったなあ。
 
 久しぶりに明日、日本に帰る。10日ほどだけれど、まあ旨いものでもたくさん食べて元気つけようと思う。とにかく、こっちにいるとほとんど和食はない。またはあっても種類はないし、味は半分程度の完成度、それでも料金は日本の倍。ということで、和食をはじめ世界の味の食道楽を期待するけれど、こういうときは日本はいい。なんたって味は宝庫のように様々あるし、娯楽も無尽蔵。

 1989年、初めてイギリスに行ったときは驚いた。うまいものどころか、レストランでもろくなものもなく、食生活は極めて質素。これが先進国かとおもうような現状に驚きまくった。で、それが1989年。
 ということはビートルズの連中があそんでいた60年代というと、相当惨たんたる状況だったのは想像できる。ほとんどフィッシュアンドチップス程度だったんじゃないかって。特にリバプールなんていうのはほとんど「外食」なんてのも期待できなかったはずだし。

 食に限らずおそらくぜいたく品はほとんどなかったような時代だったのだ。それで、アメリカだの世界だので何が起きてるかさえ知らないのに、突然アメリカで爆発して、世界旅行の連発。

 変な興味があるのは、世界旅行で仮にいいことってなんだったんだろう。彼らはよくコンサートはもうコリゴリっていってたから、それはなしとして、美味い食い物か?美女か?観光か?
 観光は興味なさそうだ。でも、オランダあたりでは相当夜遊びしてジョンあたりは売春宿から這い出てきた写真もあるようだし、それも楽しんだろうな、若いから。でも、食い物もおそらく興味なかったんじゃないかな?彼らがインタビューでもなんであっても食い物の話をしてるのはほとんどない。せめてベジタリアンになったという程度。

 で、俺はというと日本に帰るというと、すぐ、メシ。これじゃ、パターンが違いすぎるって。メシより大切なこともあるだろうに。わかっている、それはわかっている。痛いほど。でも、避けられないのがメシ。だめだ、これって現代病じゃねえか?だってイギリスではなんにもなくてもOKだし、今だって和食も食べなくても毎日やっていけるのに、一度美味な味を知ると思い出しただけで食いたくなる。だからデブが増える。

 60年代イギリスロックミュージシャンにデブがいない理由、なんとなくわかる。つまり、美味い食い物がなかったのだ。食わないならデブにならないって。だって、その頃アメリカじゃしっかりデブはいたから。

 ビートルズに1人でもデブがいちゃ、アイドルは務まらなかったろう。俺はアイドルじゃない。だからこれでいい。さあ、メシ食うぞ!