MTVを見てしまった!

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今日、テレビで80年代のMTVを放映していた。考えてみれば80年代は洋楽は大衆音楽となり、MTVは洋楽をメジャーな存在にするために極めて重要だった。それまでロックもポップスもレコードだけで楽しむものだったのが、突然カッコいい映像とともに流れ出したから一般学生でもなんなく洋楽を楽しめた。小林克也はあの顔でありながらDJのスターとなるし、まあ、80年代の洋楽はどんどん量産型になり大衆化が定着した。

 思い出すと、どんなバンドやミュージシャンも70年代中盤以降MTVの登場をきっかけにするようにメジャーになった。それまでマイナーな存在でいかにも一部受けして極限的なオタク状態の特権階級を誇りにしていたファンのいるプログレだのヨーロッパ系のミュージシャンなんかも相当メジャーに登場してきてポップスを歌い始めた。笑った。
 イエス、ジェネシス(ピーターガブリエル)、スーパートランプ、ASIA、こんないかにもカッコつけまくっていた連中が売れなくなると同時にポップス映像で登場したわけだから。金ほしさの商売、生き残り作戦、ノンポリ、いくらでも形容詞が付いて笑いを誘った。言葉は悪いけれど、本当に自分の周りではそういう評価しかなかった。

 生き残るためには多かれすくなかれ誰でもスタイルは変えていくのだろうし新しいこともしたくなるのだろうけれど、このあたりの売れようとする姿勢は当時はまあ生意気なファンには相当馬鹿にされた。ミュージシャン側もいい迷惑だろう。売れたら今度は嘲笑の対象になるんだから。


 60年代からメジャーの代名詞、最大のメジャーバンドは誰がなんと言ってもビートルズでしかない。それは解散しても全く変わらず存在感は常に最高のメジャーステータスであり続けている。
 よって、メジャーであること、売れることをアンチに考える連中からは常に最大限の批判や野次を受ける。一番メジャーなんだから当然。しかし、ビートルズが批判はされても嘲笑の対象にならないのは、やはり本質が違うからだ。最大のメジャーであり、すべての音楽を包括する彼らの作品はいかに野次を言っても、笑う対象とはならない。崇高なものは笑えないのだ。逆にいくら売れまくってもテキトーなものはいくらでも笑い飛ばせる。

 ビートルズが60年代に登場してMTVもなかった時期、それは実は音楽の最高の時代だったように思う。レコードだけが音楽との接点で、それだけで時代は動いた。映像はなくとも音楽だけでなにかが変わった。なんと凄い力。映像のような付加価値情報はないけれど、純粋な音楽の力でしか勝負できなかった時代。AMの雑音だらけのラジオと5センチ位のスピーカーしかないモノラルレコードプレーヤーだけが音楽の窓口だった時代。そこから聞こえてきた音楽はテレビの力を超えていた。かつて経験したことのない、わけもわからない音楽に、底知れぬ感動と嬉しさと驚き、それに涙さえが生まれた。どれだけメジャーに変わってもそこには笑いも起きるわけもない。それどころじゃなかったから。真剣に聞いて驚いて世界は動いた。

 60年代のあの頃、80年代からのポップスのメジャー化とはやはりどこか違う。どちらがいいとか悪いとかももうどうでもいいけれど、個人的にはできるならあの感動をビートルズじゃなくてもいいから、また体験してみたい気もする。時代の才能とともに動き変わっていく世界で、胸踊る未知なものへの期待感。
 ビートルズはあのころからずっとメジャーな存在だった。
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