
1989年に会った時ニ撮影したアランウイリアムズ(左)
酔っ払ってうたをうたっている場面
デビュー前のビートルズにはとても興味がある。だれもロックなんぞを演奏すらしていないころ、エルビスだけがロックンロールスターだった。ビートルズはエルビス追いつこうとしては、ロックンロールを演奏する日々だった。彼らは荒削りで、学校でも社会でもやはりうるさい嫌われ者だったのだろう。今でも彼らのリバプール時代は相当悪いほうに語られることも多い。勲章もらってからでもそれは変わらない。
そんな時代に、ビートルズを始めてハンブルグにつれていったのがアランウイリアムズ。実は僕は一度このアランウイリアムズと偶然出会ったことがある。1989年にリバプールを始めて訪れたとき、キャバーンクラブの前にある小さな酒場で偶然出会ったのだった。喜んで当時の話を聞くほどに、このアランウイリアムスという人は、ブライアンエプスタインやジョージマーチンのような紳士でもなく単なるミュージシャンを派遣しては金儲けをしていたような人だったのだろう、ということは容易に想像できた。ビートルズにとってどんなチャンスでもほしかったとき、ハンブルグに行く手段はこのアランウイリアムスに頼むことしかなかったわけだし、彼を信じるか信じないかなどは問題ではなかったのだろう。とにかく何でもいいから演奏する機会がほしかったにちがいない。
アランウイリアムスによるとビートルズはリバプールでもハンブルグでも相当荒っぽく、ジョンレノンはしばしば喧嘩もし、客にナイフを投げたことすらあったようだ。まだまだ成功していないころ、彼らもステージはストレス発散の場所でもあったのかもしれない。そして、帰国してからアランは僕に絵葉書を送ってくれたけれど、今でも大切に保管してある。
そのアランウイリアムズがそのころを語った本「ビートルズはこうして誕生した
僕はビートルズの原型はあくまでこの頃だろうと思っているので、この頃を知る人の情報はどんな情報であれ嬉しく楽しい。これ本「ビートルズはこうして誕生した
アランウイリアムズとは、その後2度目にリバプールに行ったときに電話で話した。なぜかというと、その酒場の人が僕を覚えていて、アランに電話をしてくれたのだ。アランは「へイ、オマエ明日からでも俺とロシアに行くか?いいバンドがいるから」ってな話を電話でしてきて、びっくりした。本気かどうかしらないけれど、そんなノリでビートルズもだれかれかまわず紹介していたのだろう。でも、そのざっくばらんな性格こそある意味ではリバプールそのものでもあるけれど。
またリバプールでアランにあいたい気がする。彼は今でも僕を覚えてくれているだろうか。
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