日本の山や川が美しく思い出されることがあるけれど、今日もそんな心の情景がわいてきた。珍しいことじゃない。日本にいるときでも、東京なんかの都会ではしばしばあったことだ。
ジョンレノンがニューヨークに住んだのは自由な都会であったことも理由のようだけれど、ヨーコさんによるとリバプールに似たものをとても感じていたから、という理由が大きかったようだ。イギリスではジョンは生前しばしば「イギリスを捨てた」といわれては多少の批判も受けていた。でも、本当にそうだったのだろうか?
僕はジョンはイギリスを、リバプールを誰よりも(他のメンバーよりという意味ではなく)愛していたように今でも思っている。ジョンほどリバプールを語ったり、曲のところどころにその愛情が映っていたアーチストなんてほかに思い出せない。
ジョンは、40歳で人生を終えたから、その後のことは誰も知らない。でも、もし生きていたならジョンは死ぬ前にリバプールに戻っていたような気もしてしまう。または勝手に大胆に言えば、死ぬ場所として、リバプールを選んだかもしれないとも思う。
なぜかというと、理由はおそらく文章では語りきれない。多少キザだけれど、単に確信的にそう感じているだけだから。ジョンのニューヨークでの生活や活動はリバプールを特に思い出させるものでもない。けれど、その奥深いところに、僕にはジョンの幼い頃への郷愁、憧憬、それにあの母親へ回帰する魂までも感じてしまう。勝手なストーカーのような妄想でも仕方がない。実際に僕の深いところでそう感じるのだから。
なにか共通するものがジョンと僕の間にあるとか、そんな美的にカッコつける気もないけれど、おそらくジョンを見続けた人間として、彼の精神を追い続けた人間として、そう確信するだけなんだろう。
ポールにもそれは感じるのだけれど、ちょっとジョンとは異なる感じ方だ。ポールはリバプールへの愛や自然な思い出を持っているような気がする。しかしジョンはリバプールを嫌うことすらあるけれど、それでも何時もリバプールから離れようとしない正にジョンの魂のようなものを常に持ち続けあるときは自分の中で激しく過去と葛藤していたようにすら感じてしまうのだ。
間違っているかもしれないけれど。
ジョンレノンがニューヨークに住んだのは自由な都会であったことも理由のようだけれど、ヨーコさんによるとリバプールに似たものをとても感じていたから、という理由が大きかったようだ。イギリスではジョンは生前しばしば「イギリスを捨てた」といわれては多少の批判も受けていた。でも、本当にそうだったのだろうか?
僕はジョンはイギリスを、リバプールを誰よりも(他のメンバーよりという意味ではなく)愛していたように今でも思っている。ジョンほどリバプールを語ったり、曲のところどころにその愛情が映っていたアーチストなんてほかに思い出せない。
ジョンは、40歳で人生を終えたから、その後のことは誰も知らない。でも、もし生きていたならジョンは死ぬ前にリバプールに戻っていたような気もしてしまう。または勝手に大胆に言えば、死ぬ場所として、リバプールを選んだかもしれないとも思う。
なぜかというと、理由はおそらく文章では語りきれない。多少キザだけれど、単に確信的にそう感じているだけだから。ジョンのニューヨークでの生活や活動はリバプールを特に思い出させるものでもない。けれど、その奥深いところに、僕にはジョンの幼い頃への郷愁、憧憬、それにあの母親へ回帰する魂までも感じてしまう。勝手なストーカーのような妄想でも仕方がない。実際に僕の深いところでそう感じるのだから。
なにか共通するものがジョンと僕の間にあるとか、そんな美的にカッコつける気もないけれど、おそらくジョンを見続けた人間として、彼の精神を追い続けた人間として、そう確信するだけなんだろう。
ポールにもそれは感じるのだけれど、ちょっとジョンとは異なる感じ方だ。ポールはリバプールへの愛や自然な思い出を持っているような気がする。しかしジョンはリバプールを嫌うことすらあるけれど、それでも何時もリバプールから離れようとしない正にジョンの魂のようなものを常に持ち続けあるときは自分の中で激しく過去と葛藤していたようにすら感じてしまうのだ。
間違っているかもしれないけれど。
この記事へのコメント
僕もジョンは決してイギリスを捨てたとは思っていないんですよね。真意のほどはわかりませんがジョンは亡くなる間際にイギリスにいる親戚一同にイギリスに帰る旨の連絡をしていたという話も聞いた事があります。ジョンに限らずポ−ル、ジョ−ジ、リンゴの3人もリヴァプ−ルを捨てるどころか、むしろ彼らはリヴァプ−ル出身だという事をずっと誇りに思っていたように感じます。彼等の根底にあるあの反骨精神とユ−モアはリヴァプ−ル出身だから生まれたものであり、リヴァプ−ルが全ての基本にあると思っています。ただジョンの場合、リヴァプ−ルでは一番複雑な青春時代を送ったからかもしれませんが恐らく他のメンバ−に比べて愛憎混じりあった感情は一番あったんじゃないかなあとは思いますけどね。
ところで全然話は変わりますが英語を話せるCavernさんでもリヴァプ−ル訛りって聞き取りずらいものなんですか?
英語が話せない僕からしたら更に聞き取りずらい英語にしか聞こえないんですけどね。
ところで全然話は変わりますが英語を話せるCavernさんでもリヴァプ−ル訛りって聞き取りずらいものなんですか?
英語が話せない僕からしたら更に聞き取りずらい英語にしか聞こえないんですけどね。
英語が完璧とも思っていないのですが、とりあえず生きていく程度は身についたならいいのですが。それでもやはり世界中で方言のような数え切れないバリエーションがあるので、せいぜいアメリカとイギリスの正統派英語程度しかわからないように思います。NZもオーストラリアも学校で習ったのとも相当違って困ります。リバプールは、友達がいて私と話してるときは結構標準語で話してくれます。でも、友人同士の会話を聞き始めるともうアウトです。あれは本当にわからんですね。でも、ビートルズも公式の場では結構標準語ですね。レコーディングの場面などを聞くと、相当リバプール語になっていて難解です。ジョンレノンがふざけてリバプール語で話してるのが残っていましたが、ダメですね。
ビートルズ4人ともリバプールを捨てなかったというのは事実と思います。それぞれが関わり方は違ったのでしょうけれど、やはり気質と精神はそのままでした。ジョンレノン対してはリバプール市民にとっても誇りであると同時に故郷を捨てていった、と思っている人も一番多いようです。ジョン自身も愛憎混じっていたでしょうし、市民側も同じようです。でも、おそらくどちらにとっても憎よりは愛のほうが圧倒的に強かったとも思います。
ビートルズは本当に人生の縮図を見せてくれますね。
ビートルズ4人ともリバプールを捨てなかったというのは事実と思います。それぞれが関わり方は違ったのでしょうけれど、やはり気質と精神はそのままでした。ジョンレノン対してはリバプール市民にとっても誇りであると同時に故郷を捨てていった、と思っている人も一番多いようです。ジョン自身も愛憎混じっていたでしょうし、市民側も同じようです。でも、おそらくどちらにとっても憎よりは愛のほうが圧倒的に強かったとも思います。
ビートルズは本当に人生の縮図を見せてくれますね。
2008/08/05(火) 20:44 | URL | cavern #-[ 編集]
In my lifeにはジョンの人生そのものが見て取れます。歌の中でジョンは今まで出会った人達、思い出の場所に対する愛情を認めつつ、新しい恋人に出会えばそれらの思い出は意味が無くなると言ってます。数年後のヨーコとの出会い、ビートルズとの決別を暗示してますね。でも実際は思い出を消し去ることは出来ない訳でジョンの心の中は常に引き裂かれた様な状態だったのでしょう。今ジョンの魂は平穏である事を願います。
2008/08/05(火) 21:20 | URL | 間 健治 #-[ 編集]
やっぱりリヴァプール訛りというのは相当聞き取りづらい英語なんですねえ。でもCavernさんに言われるまでビ−トルズの4人が公共の場では標準語で喋っていたなんて全然判りませんでした。ずっとリヴァプ−ル訛りだと思っていましたよ。
確かに4人ともそれぞれリヴァプ−ルに対する思いはあったと思いますね。これも何かの本で読んだのですがジョン・レノンという人は素朴なリヴァプ−ル市民からするとあまりにも突飛過ぎてついていけないところがあるみたいですね。でもそんな素朴なリヴァプ−ル市民でもジョンの事はとてもリスペクトしてると読んだ事があります。だからジョンがイギリス、リヴァプ−ルを裏切ったとかそんな事は絶対に無いと思いますよ。でなかったら自分のアルバムにリヴァプ−ル時代に書いた自分の絵をジャケットになんかしないですもん。もしリヴァプ−ルを忘れたら「ストロベリ−・フィ−ルズ〜」や「イン・マイ・ライフ」のような曲は決して生まれなかったと思いますよ。ジョンは国に勲章を返還したり、亡くなるまでイギリスに戻る事が出来なかったから、そこで変な誤解が生じてしまったのではないでしょうか?生前のジョンの行動、魂はイギリスを飛び出して世界規模なものだったから余計にイギリス人はさびしかったのではないでしょうか?僕はなんとなくそう思います。
確かに4人ともそれぞれリヴァプ−ルに対する思いはあったと思いますね。これも何かの本で読んだのですがジョン・レノンという人は素朴なリヴァプ−ル市民からするとあまりにも突飛過ぎてついていけないところがあるみたいですね。でもそんな素朴なリヴァプ−ル市民でもジョンの事はとてもリスペクトしてると読んだ事があります。だからジョンがイギリス、リヴァプ−ルを裏切ったとかそんな事は絶対に無いと思いますよ。でなかったら自分のアルバムにリヴァプ−ル時代に書いた自分の絵をジャケットになんかしないですもん。もしリヴァプ−ルを忘れたら「ストロベリ−・フィ−ルズ〜」や「イン・マイ・ライフ」のような曲は決して生まれなかったと思いますよ。ジョンは国に勲章を返還したり、亡くなるまでイギリスに戻る事が出来なかったから、そこで変な誤解が生じてしまったのではないでしょうか?生前のジョンの行動、魂はイギリスを飛び出して世界規模なものだったから余計にイギリス人はさびしかったのではないでしょうか?僕はなんとなくそう思います。
間さん:
ジョンはやはり揺れてましたね。そんなところがすきなんですけど。よくわかるのは、ジョンであれ誰であれ、子供の頃は裸の心で遊べて悪さもできるのですが、大人になると誰でも自分と社会の間に1枚薄いか厚いか別にして壁を作ります。本当に仲良くなっても、その壁はなかなか取り去れません。ジョンはヨーコさんだけには壁がなかったのかもしれませんが、そのほかではビートルズの4人とリバプールの知人だけしか本当に壁なしのジョンを知る人はいなかったのかもしれません。
ジョンは、それらの人間が本当に自分に貴重であることを、いくら批判して悪く言っても知っていたのでしょうね。
ハードロッカーさん:
ビートルズは標準語といっても多少やはりアクセントあります。でも、特に陰に隠れたときのジョンの発音などはリバプールのスカウスという典型的な荒い言葉が出ていたこともあります。おそらくジョンは時々意識的にやってた感もありますけど。
リバプールの連中が仲間で話しているスカウスは相当慣れてないと理解困難です。
これもリバプール生まれの友達に聞いたのですが、ジョンは時によりリバプールを愛した発言をしたり、時にリバプールやイギリスを捨てた態度もとっていたように感じているようです。もちろん、それでも偉大で尊敬の対象なのですが、リバプールという彼らと同郷の人間からすると、ポールのようにしばしば町に戻って今でも町でコンサートや社会貢献活動をすることがやはり嬉しいという人も多いそうです。
ジョンが生きていたら今リバプールをどう感じたかわかりませんが、ポールは素直にそれを表現でき、ジョンやジョージはそれを多少でも屈折してしまうので一般的には伝わりにくかったよに思います。
ジョンはやはり揺れてましたね。そんなところがすきなんですけど。よくわかるのは、ジョンであれ誰であれ、子供の頃は裸の心で遊べて悪さもできるのですが、大人になると誰でも自分と社会の間に1枚薄いか厚いか別にして壁を作ります。本当に仲良くなっても、その壁はなかなか取り去れません。ジョンはヨーコさんだけには壁がなかったのかもしれませんが、そのほかではビートルズの4人とリバプールの知人だけしか本当に壁なしのジョンを知る人はいなかったのかもしれません。
ジョンは、それらの人間が本当に自分に貴重であることを、いくら批判して悪く言っても知っていたのでしょうね。
ハードロッカーさん:
ビートルズは標準語といっても多少やはりアクセントあります。でも、特に陰に隠れたときのジョンの発音などはリバプールのスカウスという典型的な荒い言葉が出ていたこともあります。おそらくジョンは時々意識的にやってた感もありますけど。
リバプールの連中が仲間で話しているスカウスは相当慣れてないと理解困難です。
これもリバプール生まれの友達に聞いたのですが、ジョンは時によりリバプールを愛した発言をしたり、時にリバプールやイギリスを捨てた態度もとっていたように感じているようです。もちろん、それでも偉大で尊敬の対象なのですが、リバプールという彼らと同郷の人間からすると、ポールのようにしばしば町に戻って今でも町でコンサートや社会貢献活動をすることがやはり嬉しいという人も多いそうです。
ジョンが生きていたら今リバプールをどう感じたかわかりませんが、ポールは素直にそれを表現でき、ジョンやジョージはそれを多少でも屈折してしまうので一般的には伝わりにくかったよに思います。
2008/08/05(火) 23:21 | URL | cavern #-[ 編集]
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