日曜日、といっても、あまり変わることもない1日だった。
愛犬を海辺に散歩に連れて行って、気持ちいい潮風にあたって、行き交う人と挨拶して…いつものような平和な1日だった。
でも、この平和、というものも実は金じゃ買えない、そして場合によっては汗や血を流さないと手に入らないものだってことを自分も含めて人間すぐに忘れそうになる。アメリカのトレードセンタービルが爆破されても、チベットで血が流れても、自分の平和と自由だけはいつも手のなかにあると疑うこともない。それが自由主義国家のいいところでもあるけれど、生まれた場所が違うとこの自由と平和はあまりに貴重で尊いものとなる。
ジョンレノンが「平和を我らに」を歌った60年代はベトナムと冷戦で戦争という状況がいつも隣り合わせのような感覚すらあった。だからジョンもそんな歌を作ったのだろうし、歌いたかったのだろう。イマジンにしても、まだまだ平和が危ない時代だったからこその傑作だとも思う。
でも、今はオリンピックが行われる国で、隠れた殺戮のような現状すらあるのに、平和や自由を語ることも少ない。テロが起きて人が死んでも、戦争という局面までは想像しない。それほどまでの平和が当然の環境が日本人の中にはあるし、多くの先進国でもそういった環境にいる。
どうも最近は、この平和というのが嘘のような気もしている。結局は平和の裏には血が流れどこかで誰かが犠牲になっている。平和を維持するために、どこかでは戦いや争いが起きる。なぜか意味がわからなくなる。国境を守るために戦う、信仰を守るために戦う、信念を守るために戦う、ということは矛盾ではあるけれど、一方では誰かがその領域を侵すから「守るために戦う」ことになるに過ぎない。
結局は力のゲーム。平和を守るということは結局は力の均衡でしか達成できないという人間の寂しい現実はもう誰もが知っている。なのに平和を叫ばないとならない。
これは人間の大いなる矛盾の宿命なんだろうな。
ジョンレノンが今生きていたらどんな曲を作っただろうか。
この記事へのコメント
人間はおろかな存在であると思います。確かに、平和を求めることは当然のことではありますが、人間3人集まればおのずと闘争が起きたりするものです。身近な世界の理不尽、不誠実、暴力などを排除することからはじまるのでしょう。それは決してなくなることはないのですが、いつの時代も そういった 努力と試みをする という態度それこそが、平和を獲得する唯一の行動であると思います。
2008/03/30(日) 23:39 | URL | サラリーマン #-[ 編集]
サラリーマンさんこんにちは。
これは富と名誉という永遠の人間の欲がある限り、争いはなくならないのでしょう。こういいたくはないですが、ジョンがイマジンを歌ったのも、結局は富と名声を手に入れた後でした。これはジョンに言うことではないですが、人間は富やステータスを手に入れると今度は社会のために役立とうとする心理が働くそうです。であるなら、全員が平穏で富がそこそこある社会になれば平和は達成できるのかもしれませんが、この資本経済と政党独裁政権などの存命中は絶対に無理なのでしょう。
これは富と名誉という永遠の人間の欲がある限り、争いはなくならないのでしょう。こういいたくはないですが、ジョンがイマジンを歌ったのも、結局は富と名声を手に入れた後でした。これはジョンに言うことではないですが、人間は富やステータスを手に入れると今度は社会のために役立とうとする心理が働くそうです。であるなら、全員が平穏で富がそこそこある社会になれば平和は達成できるのかもしれませんが、この資本経済と政党独裁政権などの存命中は絶対に無理なのでしょう。
2008/03/31(月) 17:40 | URL | cavern #-[ 編集]
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