ドリーファンクジュニアの栄光に捧げる

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プロレスの黄金時代、それは戦後の象徴でもあった。力道山が出て、街角のテレビに人垣ができては、大声でテレビに向かって応援したプロレス戦後の第一期。

そして、馬場と猪木というジョンとポールにも匹敵するような巨頭が現れて、その力道山の跡を継ぐ。まるでエルビスの後を継いだジョンとポールのように、時代は流れていった。

そして、白黒テレビがお茶の間に普及し始めた頃、アメリカからスピニングトーホールドという鮮やかな必殺技をもって日本に来て、馬場、猪木をも凌駕した力を示したのがドリーファンクジュニアだった。馬場は(たしか?)そのスピニングトーホールドで惨敗し、猪木は伝説の大晦日決戦に紅白歌合戦の裏番組でありながら当時はチャンネルに迷うほどの名勝負を繰り広げ、引き分けでドリーファンクのチャンピオン防衛となった。

何というロマンの時代、セピア色のリングの模様が今も脳裏に懐かしくも鮮やかによみがえる。

そのドリーファンクジュニアがヤフーニュースによると今日引退試合を日本で行い、笑顔と共にリングを去ったらしい。馬場、猪木を苦しめながらも、日本のファンに愛されたレスラーはドリーファンク以外には当時はデストロイヤーくらいしかいなかったろう。

これで、また我々日本人に時代を覚えさせてくれた人が去っていったということだ。

と、なんとプロレスの話から入ってしまったけれど、おそらく我々世代でプロレスを真っ向から笑い飛ばせる人間はそう多くはないはずだ。将来を夢見て、何かに向かってでも道を切り開く力を必要とした時代、プロレスは今と違って時代の力をまちがいなく牽引していた。今でこそ格闘技というジャンルがあるけれど、プロレスは当時はジャンルではなく、人々の心に宿る希望のようなものだったのだ。今これを当時を知らぬ人が読めば笑うかもしれないけれど、当時を知るものとして、これは事実を伝えたい。
このドリーファンクも、猪木も、馬場も、時代の象徴だったのだ。1-2-3ダー!という儀式などは当時はなかったのだ。

力をもって将来に希望を見せてくれた彼らには案外心から感謝をしている。彼らの汗と血とエネルギーは、何かやらなきゃならん、という気持ちに大いに火をつけてくれた。

そして才能や創造性というとんでもない、それまで知りえない世界を見せてくれたのがビートルズであったし、力で切り開いた時代を率先して行ったのは彼ら当時のリングの連中だったのだ。


ドリーファンク、さよなら。寂しいけれど、これも流れた尊い時間があったからこそ寂しい。
1960年代は本当に過去になって行ってしまうのだろう。1960年代のあの夢と力の渦巻くような感覚、そんな時代にガキのブンザイであっても、同時に生きられたことを今日も嬉しく思った。




この記事へのコメント
ドリーファンクがまだ現役だったなんてしりませんでした。見てくれ的にはテリーファンクの方がすきでしたね。あの、オーバーアクションがすきでした。ドリーはエルボが得意だったような記憶があります。
一時代を気づいた人々がどんどん歳を重ねていき、いつしか自分が中年になってしまって、なにかさびしい気がします。若いころは、バンド組んで(下手ですが)レットイットビーとかのリードを弾いていたころが懐かしいです。といっても会社の軽音楽部ですが、、
2008/03/03(月) 00:46 | URL | サラリーマン #-[ 編集]
サラリーマンさん:

どうもプロレスの話題にまでつきあっていただいてありがとうございます。テリーファンクをご存知でドリーのエルボーなんて、ちょっと痒いところに手が届いてきました。
 若いということは、本当に当事者はわからないでもので、過ぎし後に振り向くとなんと淡く美しいものか…。子供の頃「青春」なんて言葉の意味はわかりませんでした。でも少なくとも今は、若いということの可能性やエネルギーの素晴らしさはよくわかります。ビートルズは20代で解散しましたが、もしかすると、だからこそずっと若いイメージのまま存在しているのかもしれません。まあこれはちょっとコジツケでしょうね。
2008/03/03(月) 14:58 | URL | cavern #-[ 編集]
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