親父と俺、ジョンとポール、俺のビートルズの影

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先日、老齢の親父が入院した。でも幸運にもなんとか10日程度で退院できた。
子供のころは、大嫌いな親父で顔も見たくなかったものだ。でも、人生の晩年ともなると、なにかしら役にたってやろうとは思うものだから不思議だ。

親とはまったく別の人生を選んだから、いまさら親と話しても自分の仕事すら説明してもわかってもらえない。だから、親のほうも今はそんな質問すらしなくなった。とにかく、ダメな子供でも何とか生きていけそうだとはおもったのだろう。まあ、時間は流れたということか。


少なくとも、5年や10年前ならビートルズの話をしていても、まだまだ自分の好きな曲だとか音楽のすごさなどで盛り上がっていたけれど、ジョンもジョージもいない今は、あまりビートルズの好きな友達とも「ライブ」な感覚で話もしなくなったかもしれない。

なにか、もっと深いというか、自分の中にあるビートルズを話すことは多くなったかもしれない。それも時の流れだろう。ビートルズに驚きや興味はいまでも新鮮なまま消えないけれど、それを表現する自分は変わってきたのかもしれない。

考えてみると、自分の変遷を一番わかりやすく思い出す方法は、ビートルズとどんな風に付き合ってきたか、を思い出せばいいのかもしれないな。そのくらい自分の変化にあわせてジョンの言葉もポールの音も受け方が変わってきたのだろうから。

昔が考えもしなかったけれど、ジョンは若くして母親をなくし父親は家出状態だった。ポールも若くして母親が他界した。なにかに書いてあったけれど、彼らが共通の心をもったかなり大きな理由はこの家庭環境だったらしい。音楽は才能で結ばれても、性格は相当違ったはずだ。でも、彼らは親友として心を共有した。勝手な外野は、ジョンはすごいけどポールは軽い、だとかジョンは変態だとかうるさいけれど、外野にはわからない彼らだけの心は間違いなく子供のころからの境遇が育てていた。

自分は時の流れとともに父親との関係は少し修復した。修復できた、というべきか。それは当然だけれど、子供のころなんだかんだ言って同じ時間と生活を共有したときに生まれた共通の心が残っていたからだろう。

ポールがジョンが死んでから言っていたけれど、ポールはジョンが死ぬ前に友情を戻せておいてよかった、と何度も話している。きっと、ジョンとポールは俺が今回感じた親との関係修復のようななにか当事者にしかわからない複雑でも尊い関係をつねに持っていたのだろう。解散と口論で分かれた彼らは、死ぬまで絶対に他人には理解できない、計り知れない純粋な心を共有していたのだろう。

ジョンが一度言っていた。「俺がポールの悪口言うのはいい。兄弟だから。でも(記者にむかって)お前らがそれをいうのは許さん」

今回、親父の介護をしていて、こんなジョンとポールの関係を勝手だけれど思い出した。
また未来にはさらに違ったビートルズとの接点を俺は見つけているのだろう。

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