ビートルズが証明したアインシュタインの相対性理論

ここでは、「 ビートルズが証明したアインシュタインの相対性理論」 に関する記事を紹介しています。

今回は長い間の滞在で和食も堪能したし、結構楽しめたかな。

どうも年をとったのだろうけれど、近所の人に久しぶりにあうと、相手もこちらを覚えていないようだったりで。でも思い出してくれると結構うれしかったりする。小さな町なので、みんな回りは顔見知りだからなあ。

でも、俺としてもこの町ではどちらかといえば悪ガキで通ってたし、嫌われていた面だって相当あるだろうに。年月とともに、みんな勝手に美しい思い出になっていく。大河が濁流の水を清めるように、時の流れも人の心を洗っていく。

ジョンかポールが作った(ジョンとポールがそれぞれ自分が書いたといっている曲)In My Lifeなんぞも、幼き思い出の町を思い出した曲だけれど、あの老成した感覚はなぜ20台前半の連中に宿っていたのだろう。若いころはむしろ思い出の町よりも、未来の大都会を夢見ることのほうが多い。

でも、考えてみれば連中はすでに20代前半にして、50歳の大人も経験していないような世界を見尽くしてしまったのだ。そうなると、回帰する魂は自然と生まれてくるのかもしれない。ストロベリーフィールズにしてもペニーレーンにしても、そんな彼らの早熟な経過が作らせた作品なのだろう。でなければ、あの雰囲気はそれこそ若造には出せない。でも、いまそれらの作品を聞いていても若造の作品とは思えない達観した深さまである。

今日、自分が近所のおばさんに出会って思ったことは、彼らがすでに20代で育った感受性の一面でしかないのか。そうなると、俺は40代後半にして彼らの経験値に少しちかずいたってことか?なんたる時間差、なんという格差。

格差社会は問題なのはわかるけれど、才能がもたらす熟度の格差も恐ろしいものがある。俺はいいよ、平均値だから。でも連中がジェット機のような速度で走り抜けた時間は、ほかの誰にも理解できないことだったのだろう。孤独感すらあったろうな。

20年くらいまえだろうか、一度、テレビでリバプールに行ってパブの取材をしていたところ、ジョンレノンと小学校時代同級生という男が出てきてしゃべっていた。見たらもうヨボヨボの顔したおっさん。下手するとおじいさんにすら見える風貌。こういっては悪いが、ビートルズはジェット機の速度で移動したけれど、そのおっさんはせいぜいリバプールでウサギとカメのような競争社会にいた程度だったろうに。超音速で動いていた連中は若いままでいて、動かないと急速に老いるのもよくある話。

ということは成長にはアインシュタインの相対性理論は正しいってことか。早く動いていれば時を越えていくってことか??

いまからでもがんばろう。

この記事へのコメント
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
この記事のトラックバックURL
http://cavern.blog76.fc2.com/tb.php/146-a3b4d5ab
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック