
なに?ジミーページがライブで閉会式に出たって?
あの白髪でまだ元気じゃのう。でも、一時、今は亡き石立テツオに完全にウリフタツになった顔だったが、今は白髪が幸いしてよほどアーチストらしい風貌になってよかった。あの若き頃の美貌はもう幻でも、かつて再結成のたびに失望させられた面影はなくなった。よかった、本当によかった。
ところで、ジミーペイジ、ギターちゃんと間違えずに弾けたかなあ?
よくわからないけれど、おそらくテレビの前で多くの人はソフトボールや400メートルリレーの感動に染まっているのだろうか。まだその場面も見ていないけれど、ニュースの文字で読んだだけでも、どれだけ国中が盛り上がったか想像もつくってもの。
でも、野球はその逆か?
どうもA級戦犯探しで、ネット上では誰もが星野だのGG佐藤だの岩瀬だの、もう盛り上がりが凄い。これだけ差が出ると、ソフトボールや400Mのメンバーが成田に着くときは涙を流して迎える民衆も、どうも野球のときとなると罵声に混じって水攻めや卵投げでも始めそうな勢いだ。
一感想としては、確かに日本の野球人は金もらいすぎじゃないか?野球だけ専門でやってて、それだけだらしないならプロともいえないような…
で、今回驚きまくったのは、なんといってもイギリス!
なんだ、このメダルの数は!もうイギリス国民、おそらく沸騰して気が変になるんじゃないか?
こんなイギリスの隆盛見たのは、おそらく大英帝国以後はビートルズ位だって。
そうか、ビートルズ以来の世界的イギリス認知現象…つまりほぼ半世紀ぶりだってことだ。
まあ、しばらくはイギリス万歳やってても笑顔で見てるしかない。ビートルズ解散後、ハレー彗星がやってきたようなもんだって。
オリンピックはそろそろ終わりに近づいているらしい。ほとんど最近はテレビも見ないので、どうなっているかもわからない。ちょっと忙しいかな。
でも、オリンピックだから情報は結構新聞やネットでも入ってくる。中国が金メダル世界一って、凄い時代になった。かつて、東京オリンピックでは参加すらしていなかった国、長い間冬眠状態にあった古代文明国家のようなイメージの中国がこれで政治経済、それにスポーツでも世界の表舞台でトップになろうとしているのかもしれない。
20年くらい前までは、アジアでは日本だけしか世界の舞台では目立たなかったのだけれど、確かにもう先進国だの途上国だのの区別はなくなってきた。これから、日本も中国や韓国の周辺国と付き合うのは容易じゃないだろうなあ。あれだけ反日国家が回りにあると、いくら世界の他のエリアではイメージが良くても、現実に目の前にはトラブルしかなくなる。しかし、中国は少し変わるかもしれないなあ、これで。とにかく日本人は行儀はいいけれど、主張はできないから、これから主張だらけの相手と付き合っていくとなると骨折れるだろう。
福沢諭吉がその昔、脱亜論というアジアからの脱出を唱えていた。彼も過激な書き方してるから、相当当時から日本は周辺国家との違いを感じていたのだろう。福沢の思考にもちょっと気取りは感じるけれど。まあ、日本はアジアの中では早くから西洋に目を向けていたという証拠でもあるわけだけど、それだけ文化の壁を乗り越える天性をもっていたということか。
戦争負けて、原爆落ちて、憲法押し付けられて、知らない民主主義を習って。それでも、アメリカや西洋に恨みもない。凄い寛容な姿勢、または流れに任せる国民性なのか。よく言えば適応能力は凄いのだろうけれど。
ビートルズを日本人が心のそこから受け入れたのも、おそらくこんな民族性だったからかもしれないな。何であっても心を開くし、頑なに門を閉じない。日本人の気質かなあ。
文明開化は当時恐ろしいスピードでチョンマゲ時代を襲っては日本人がそれを受け入れていったけれど、ビートルズという音楽の文明開化もこの日本人だからこそ完全に享受できたのかもしれない。
オリンピックに集まる国旗に、それが戦争相手国であっても、過激な反日国家のものであっても、なにも恐れも疑いもなく平静な心で受け入れている多くの日本人は、やはり広く美しく気高いほどに理性的な心を持っているのだとも思った。戦争だけは消えない禍根だけれど。
でも、オリンピックだから情報は結構新聞やネットでも入ってくる。中国が金メダル世界一って、凄い時代になった。かつて、東京オリンピックでは参加すらしていなかった国、長い間冬眠状態にあった古代文明国家のようなイメージの中国がこれで政治経済、それにスポーツでも世界の表舞台でトップになろうとしているのかもしれない。
20年くらい前までは、アジアでは日本だけしか世界の舞台では目立たなかったのだけれど、確かにもう先進国だの途上国だのの区別はなくなってきた。これから、日本も中国や韓国の周辺国と付き合うのは容易じゃないだろうなあ。あれだけ反日国家が回りにあると、いくら世界の他のエリアではイメージが良くても、現実に目の前にはトラブルしかなくなる。しかし、中国は少し変わるかもしれないなあ、これで。とにかく日本人は行儀はいいけれど、主張はできないから、これから主張だらけの相手と付き合っていくとなると骨折れるだろう。
福沢諭吉がその昔、脱亜論というアジアからの脱出を唱えていた。彼も過激な書き方してるから、相当当時から日本は周辺国家との違いを感じていたのだろう。福沢の思考にもちょっと気取りは感じるけれど。まあ、日本はアジアの中では早くから西洋に目を向けていたという証拠でもあるわけだけど、それだけ文化の壁を乗り越える天性をもっていたということか。
戦争負けて、原爆落ちて、憲法押し付けられて、知らない民主主義を習って。それでも、アメリカや西洋に恨みもない。凄い寛容な姿勢、または流れに任せる国民性なのか。よく言えば適応能力は凄いのだろうけれど。
ビートルズを日本人が心のそこから受け入れたのも、おそらくこんな民族性だったからかもしれないな。何であっても心を開くし、頑なに門を閉じない。日本人の気質かなあ。
文明開化は当時恐ろしいスピードでチョンマゲ時代を襲っては日本人がそれを受け入れていったけれど、ビートルズという音楽の文明開化もこの日本人だからこそ完全に享受できたのかもしれない。
オリンピックに集まる国旗に、それが戦争相手国であっても、過激な反日国家のものであっても、なにも恐れも疑いもなく平静な心で受け入れている多くの日本人は、やはり広く美しく気高いほどに理性的な心を持っているのだとも思った。戦争だけは消えない禍根だけれど。
![paulsson[1]](http://blog-imgs-41.fc2.com/c/a/v/cavern/20080818183613.jpg)
ポールの息子、ジェームスももう30歳になるらしい。でも、今日写真を見てがっかりした。正直言ってちょっと落胆が激しい。
彼は顔にもテンションがなく見えるし、あまり才能の気配もない。腹は出ていてブヨブヨに太っているイメージ。ポールはもともと緊張がない顔してるからそこだけ拡大解釈して引き継いだのかもしれんが、そのポールでもビートルズ時代、ジョンと張り合ってたころの緊張感は顔に出ていたものだ。
ポールの息子となれば、別に一生遊んで暮らしていけるし、最初から親父と境遇も違うか。でも、この雰囲気はちょっとショーンレノンに似ているかな?どちらも親の七光りを浴びて、それで結構満足してる雰囲気がある。ジュリアンは親父は凄いけれど、なにも財産は引き継いでいないからハングリーさがやはり顔つきに出ているし、それがアーチストらしい緊張感をもたせている。ダーニもジョージに張り合うつもりもないようだけれど、そこに安住しないで結構活動しているから、俺にはこのジェームスやショーンの感じとはちょっと違うかな。まあ、ジュリアンが一番親父の世界とはかけ離れているだろうけれど。
最近よく思うけれど、おれはビートルズの才能には完全に打ちのめされたて凌駕されたけど、彼らの生活やその周辺のことまではおそらくなにも尊敬していないのかもしれない。彼らがやること何でも100%好きとも思っていないのだろう。もちろん、あの才能にはいくらでも涙できるけれど。
正直いって、このポールの息子にも興味ないし、アルバムデビューなども期待しない。むしろ出てこないほうがいい。ジョンの件でも小野洋子は嫌いだし、ショーンにも興味ない。ポールの離婚した嫁さんなんて論外。なぜかダーニにはがんばってほしいような…まあそれも適当に、だけれど。
おそらく俺はビートルズの人間性やらはあまり気にしていないし、彼らの女房や子供がどうあろうとあまり興味もないのかもしれない。リバプールでの彼らの生活がどうだったかなんてのは凄い興味あるけれど、それは天才の生き様がどうだったか知りたいだけなのだろう。
俺が涙を流しているのは彼らの才能と作品に対して、そして彼らがあの時代、保守の社会に対して身をもって才能の底力を示したということに対して共感している、ということなのだろうな。
ジョンの記録ビデオをパート8の最後まで見終わった。
最後のほうで、エンジニアがジョンが死んだ日に自分の音楽も死んだ、と語ったり、アランウイリアムスはジョンを頭にきてもなんだかんだ言ってもいいやつだったと言ったり、メイパンはジョンは自分を愛してくれたと語ったり、リバプールの友人はジョンをビートルズや音楽以上の存在だったと形容したり。ジョンはどれだけ愛されたんだろう。
極めつけはシンシアかな。最後に「私はおそらく最もすばらしい人生を経験し、そして最悪の悲劇も経験した。世界の伝説となる人と出会いその人の子供をもうけたことは運命だったのでしょう。今でも昔と同じようにもちろんジョンを愛している、愛は変わるものでもないし、今でも彼を嫌う理由などなにもない」と言ってビデオは終わる。これには泣けた。凄い。さすがジョンの女房だった人。修行僧でもここまで説得力あるか?。あれだけジョンにかき回された人生を送って、喜びと同時にあれだけ不幸と悲しみを体験して、今では再婚してもなお、ジョンへの愛を持っているというシンシアはジョンとの時間を共有した人間だけが言える言葉ではないか。ジョンと暮らした家に鍵を開けて入って、窓から眺めて話す言葉が時空を超えて染み入るようだ。
ジョンは偉大なアーチストだったけれど、子供のように生きる面もあった。ジョンはヨーコの前では、そのすべての面を露呈できたのだろう。でも、その反面、シンシアはジョンとの関係を一方的に終わらせられるという体験をしなかればならなかった。それであっても、この言葉。ジョンも凄いけれど、本当に凄いのはジョンを支えた人たちでもあったのかもしれない。これは単に思い出として言える言葉じゃない。
最後に、これだけは頭にきたけれど、小野洋子とは何様なんだ?ジョンと生きたことは誰もとがめないだろうけれど、ビデオの中でシンシアやジョンのいとこ、それにジョンの妹が話しているが、ジョンの死後なにも洋子は彼らにジョンのことを伝えもせず、葬式すら伝えず勝手に火葬して、いつどこに埋葬されたかすらジョンのリバプールの親族にすら伝えていない。彼らはジョンに最後のさよならすら言えなかったのだ。こいつはアホだ。ジョンは洋子だけをもっとも愛しただろうけれど、少なくともそれまでジョンを助け育て愛した人がここに出てくる通りリバプールに存在したことも事実。それを小野洋子は自分のエゴだけで、過去を消し去ろうとしているとしか思えない。過去はその人たちにもあると同時に、死んだジョンでもその人たちと同じ過去をジョンの故郷であるリバプールで共有しているはずだ。その過去を知らないのは小野洋子だけだろうけれど、ジョンがリバプールで生きた時間に敬意を払えない小野洋子は本当に偏狭で狭隘な人間だと思ってしまった。日本人だから厳しく言うなんて話じゃない。単に人間失格の異常人格者だ。少なくとも今までの情報で知る限り、小野洋子がシンシアに見せた無礼きわまる態度は通常の人間の我慢の限界を超えている。
俺は今も未来もジョンのファンではあるけれど、今後この女は無視することにした。
最後のほうで、エンジニアがジョンが死んだ日に自分の音楽も死んだ、と語ったり、アランウイリアムスはジョンを頭にきてもなんだかんだ言ってもいいやつだったと言ったり、メイパンはジョンは自分を愛してくれたと語ったり、リバプールの友人はジョンをビートルズや音楽以上の存在だったと形容したり。ジョンはどれだけ愛されたんだろう。
極めつけはシンシアかな。最後に「私はおそらく最もすばらしい人生を経験し、そして最悪の悲劇も経験した。世界の伝説となる人と出会いその人の子供をもうけたことは運命だったのでしょう。今でも昔と同じようにもちろんジョンを愛している、愛は変わるものでもないし、今でも彼を嫌う理由などなにもない」と言ってビデオは終わる。これには泣けた。凄い。さすがジョンの女房だった人。修行僧でもここまで説得力あるか?。あれだけジョンにかき回された人生を送って、喜びと同時にあれだけ不幸と悲しみを体験して、今では再婚してもなお、ジョンへの愛を持っているというシンシアはジョンとの時間を共有した人間だけが言える言葉ではないか。ジョンと暮らした家に鍵を開けて入って、窓から眺めて話す言葉が時空を超えて染み入るようだ。
ジョンは偉大なアーチストだったけれど、子供のように生きる面もあった。ジョンはヨーコの前では、そのすべての面を露呈できたのだろう。でも、その反面、シンシアはジョンとの関係を一方的に終わらせられるという体験をしなかればならなかった。それであっても、この言葉。ジョンも凄いけれど、本当に凄いのはジョンを支えた人たちでもあったのかもしれない。これは単に思い出として言える言葉じゃない。
最後に、これだけは頭にきたけれど、小野洋子とは何様なんだ?ジョンと生きたことは誰もとがめないだろうけれど、ビデオの中でシンシアやジョンのいとこ、それにジョンの妹が話しているが、ジョンの死後なにも洋子は彼らにジョンのことを伝えもせず、葬式すら伝えず勝手に火葬して、いつどこに埋葬されたかすらジョンのリバプールの親族にすら伝えていない。彼らはジョンに最後のさよならすら言えなかったのだ。こいつはアホだ。ジョンは洋子だけをもっとも愛しただろうけれど、少なくともそれまでジョンを助け育て愛した人がここに出てくる通りリバプールに存在したことも事実。それを小野洋子は自分のエゴだけで、過去を消し去ろうとしているとしか思えない。過去はその人たちにもあると同時に、死んだジョンでもその人たちと同じ過去をジョンの故郷であるリバプールで共有しているはずだ。その過去を知らないのは小野洋子だけだろうけれど、ジョンがリバプールで生きた時間に敬意を払えない小野洋子は本当に偏狭で狭隘な人間だと思ってしまった。日本人だから厳しく言うなんて話じゃない。単に人間失格の異常人格者だ。少なくとも今までの情報で知る限り、小野洋子がシンシアに見せた無礼きわまる態度は通常の人間の我慢の限界を超えている。
俺は今も未来もジョンのファンではあるけれど、今後この女は無視することにした。
全部で8パートからできているジョンレノンを回想するビデオがあった。
これは良くできてる。以前にシンシアが書いたジョンという本があって、その内容と似ているのでもしかすると彼女の本の刊行にあわせて作られたのかもしれない。
パート1でクオリーメンの今も生きているメンバーが出てきて当時を語っている。美しい。彼らには誇り高い過去と輝ける時間が刻まれている。ポールとの出会いも彼らだからすべて覚えて語れる、なんともうらやましい話だ。このパートの最後で、ジョンの母親が事故にあう場面を目撃した同級生がでてくる。そんな人がいたんだ。驚きだ。
パート2ではジョンの学生時代の話が出てきて、シンシアとの出会いが語られる。シンシアが教室で座ってジョンとであった場所を紹介している。「この時点で私の人生が変わった。この前までは私は学校の先生になるつもりだった」という言葉が人の人生の悪戯なのか運命なのか、笑えない重さがある。
パート3はスチュワートサトクリフの凄い若々しい写真と、スチュワートの妹(姉?)が出てくる。アランウィリアムスも出てくる。懐かしい、この人とはリバプールで朝まで酒飲んだなあ。でも、ジョンは当時はポールよりステュワートが親友だったんだな、やはり。
パート8まで続くけれど、まだ全部は見ていない。でもこれはいいビデオだ。
涙のビデオだなあ、こんなのあったんだなあ。
これは良くできてる。以前にシンシアが書いたジョンという本があって、その内容と似ているのでもしかすると彼女の本の刊行にあわせて作られたのかもしれない。
パート1でクオリーメンの今も生きているメンバーが出てきて当時を語っている。美しい。彼らには誇り高い過去と輝ける時間が刻まれている。ポールとの出会いも彼らだからすべて覚えて語れる、なんともうらやましい話だ。このパートの最後で、ジョンの母親が事故にあう場面を目撃した同級生がでてくる。そんな人がいたんだ。驚きだ。
パート2ではジョンの学生時代の話が出てきて、シンシアとの出会いが語られる。シンシアが教室で座ってジョンとであった場所を紹介している。「この時点で私の人生が変わった。この前までは私は学校の先生になるつもりだった」という言葉が人の人生の悪戯なのか運命なのか、笑えない重さがある。
パート3はスチュワートサトクリフの凄い若々しい写真と、スチュワートの妹(姉?)が出てくる。アランウィリアムスも出てくる。懐かしい、この人とはリバプールで朝まで酒飲んだなあ。でも、ジョンは当時はポールよりステュワートが親友だったんだな、やはり。
パート8まで続くけれど、まだ全部は見ていない。でもこれはいいビデオだ。
涙のビデオだなあ、こんなのあったんだなあ。
パティボイドはジョージとエリックという世紀のミュージシャンに翻弄された一種の犠牲者なのかもしれない。もちろん、彼女じゃなければそんな奇跡のような人生はなかったのだろう。あの2人を一瞬に魅了したのだから。
でも、2007年のインタビュービデオを見ると彼女も年老いたし、話を聞くと、ジョージのときも結局はジョージが先に離れていったようだし、エリックのときもエリックが他に気が向いていったようだ。魅力はあれど、なにか続いていく関係をもてない運命のようなものだったのだろうか。
知られていたことだけれど、パティがジョージと離婚を決心したのは、親友でもあったリンゴの妻、モーリンとジョージが浮気をしたからだと語っている。エリックも他の女性と子供をもうけて、それがきっかけで離婚となった。美しい女性であったけれど、なにか悲哀を背負った人生を歩んだのかもしれない。
邪推だけれど、おそらく一番女癖が悪かったのは4人の中ではジョージじゃないだろうか。パティも結局は、さんざん浮気を我慢しててもリンゴの奥さんという親友との関係には我慢ならなかったらしいし、かたや、リンゴスターはこれをどう受け止めたのだろう。もしかしたら、リンゴとモーリンが別れたのもこのジョージの件が理由なのかもしれない。少なくともおきな理由だったろう。
ジョージはそれでもリンゴとは親友を続け、リンゴはジョージの死後も、インタビューやコンサートフォージョージの中で彼のジョージに対する愛情を語っている。寛大な男だ。
よくわからん。ジョージは親友も数多く、多くの人間から尊敬も受けていた。でも、こと女性が絡むともっとも子供じみた性格になるのかもしれない。なにせ、ジョージはエリックが最後に結婚した女にも手を出してたらしいから。それでも、リンゴスター同様、エリックはジョージを許しては親友としての関係を続けている。さかのぼると、ジョージのほうが先にエリックの恋人にも手を出してたようだ。その後で、エリックがパティとくっついたけれど、それはジョージ自身がパティとの関係を数々の浮気で放棄したようなものらしい。
ジョージは親友も多いけれど、ほとんどの場合、友達に助けられていたのかもしれない。でも、なぜジョージはそれだけの愚行をしても許され、好かれ続けたのだろう。本当に良くわからん。価値観としてあまり女や家族は気にしない連中なんだろうか。ジョージ自身が本当に不思議な魅力を持っていたのだろう。でなければ、ただの邪魔な存在になってしまう。
しかし、ジョージはビートルズの中で最後まで親友でいたのはリンゴだけだった。ジョンとポールには相当興味を失っていたようだし、ポールには必ずなにかしら皮肉を語っていた。間違いなくジョージは狂人の一面を持っていたと思う。これはジョンの狂気とは異質だけれど。その狂人が必要だった精神の教えがインドにあったということなのかもしれない。
でも、2007年のインタビュービデオを見ると彼女も年老いたし、話を聞くと、ジョージのときも結局はジョージが先に離れていったようだし、エリックのときもエリックが他に気が向いていったようだ。魅力はあれど、なにか続いていく関係をもてない運命のようなものだったのだろうか。
知られていたことだけれど、パティがジョージと離婚を決心したのは、親友でもあったリンゴの妻、モーリンとジョージが浮気をしたからだと語っている。エリックも他の女性と子供をもうけて、それがきっかけで離婚となった。美しい女性であったけれど、なにか悲哀を背負った人生を歩んだのかもしれない。
邪推だけれど、おそらく一番女癖が悪かったのは4人の中ではジョージじゃないだろうか。パティも結局は、さんざん浮気を我慢しててもリンゴの奥さんという親友との関係には我慢ならなかったらしいし、かたや、リンゴスターはこれをどう受け止めたのだろう。もしかしたら、リンゴとモーリンが別れたのもこのジョージの件が理由なのかもしれない。少なくともおきな理由だったろう。
ジョージはそれでもリンゴとは親友を続け、リンゴはジョージの死後も、インタビューやコンサートフォージョージの中で彼のジョージに対する愛情を語っている。寛大な男だ。
よくわからん。ジョージは親友も数多く、多くの人間から尊敬も受けていた。でも、こと女性が絡むともっとも子供じみた性格になるのかもしれない。なにせ、ジョージはエリックが最後に結婚した女にも手を出してたらしいから。それでも、リンゴスター同様、エリックはジョージを許しては親友としての関係を続けている。さかのぼると、ジョージのほうが先にエリックの恋人にも手を出してたようだ。その後で、エリックがパティとくっついたけれど、それはジョージ自身がパティとの関係を数々の浮気で放棄したようなものらしい。
ジョージは親友も多いけれど、ほとんどの場合、友達に助けられていたのかもしれない。でも、なぜジョージはそれだけの愚行をしても許され、好かれ続けたのだろう。本当に良くわからん。価値観としてあまり女や家族は気にしない連中なんだろうか。ジョージ自身が本当に不思議な魅力を持っていたのだろう。でなければ、ただの邪魔な存在になってしまう。
しかし、ジョージはビートルズの中で最後まで親友でいたのはリンゴだけだった。ジョンとポールには相当興味を失っていたようだし、ポールには必ずなにかしら皮肉を語っていた。間違いなくジョージは狂人の一面を持っていたと思う。これはジョンの狂気とは異質だけれど。その狂人が必要だった精神の教えがインドにあったということなのかもしれない。
昔、ジェームスポールマッカートニーといういテレビショーがあって、それが今も忘れられないくらい好きだ。そんなことも何度か書いたかもしれない。覚えてないけれど。
それをYouTubeでみつけてしまって、完全にワープしていた。
のっぽのサリーはこれが個人的にはポールの最高傑作。このエネルギーと圧倒される歌には本当にポールは敵なしの才能を持ってたんだと今でも感心する。言い過ぎかもしれないけれど、この頃のポールはロバートプラントでもロッドスチュワートで、ミックジャガーでも比較できないレベルで歌ってた。もしかすると、ジョンレノンですら霞んでいたかも知れない。そのくらい、完全無欠の存在だったのだ、俺には。ビートルズ解散後、作品は批判されてたけれど、それでもこうして人前で歌うだけで完全な天才を証明できてしまった。あのエルビスやオリジナルのリトルリチャードにも完勝だって。オリジナルやアイドルをも完全に超えてしまうんだから凄すぎるって。
これはお宝映像だな。本当にこれ以上の興奮はあまり覚えていない。若かったし、初めてポールが動きながら歌ってベース弾いてるのを見たのもこれだった。鳥肌を超えてた。
最後にイエスタデイを歌うけれど、これもおそらく現存するポールのイエスタデイでは一番好きかな。
当時の俺には衝撃が凄かった分、永遠の映像なのだろう。泣けるぜ。
それをYouTubeでみつけてしまって、完全にワープしていた。
のっぽのサリーはこれが個人的にはポールの最高傑作。このエネルギーと圧倒される歌には本当にポールは敵なしの才能を持ってたんだと今でも感心する。言い過ぎかもしれないけれど、この頃のポールはロバートプラントでもロッドスチュワートで、ミックジャガーでも比較できないレベルで歌ってた。もしかすると、ジョンレノンですら霞んでいたかも知れない。そのくらい、完全無欠の存在だったのだ、俺には。ビートルズ解散後、作品は批判されてたけれど、それでもこうして人前で歌うだけで完全な天才を証明できてしまった。あのエルビスやオリジナルのリトルリチャードにも完勝だって。オリジナルやアイドルをも完全に超えてしまうんだから凄すぎるって。
これはお宝映像だな。本当にこれ以上の興奮はあまり覚えていない。若かったし、初めてポールが動きながら歌ってベース弾いてるのを見たのもこれだった。鳥肌を超えてた。
最後にイエスタデイを歌うけれど、これもおそらく現存するポールのイエスタデイでは一番好きかな。
当時の俺には衝撃が凄かった分、永遠の映像なのだろう。泣けるぜ。
好きな音楽やって憧れのアイドルに近づくってのは至福だろうなあ。
俺の嫌いな財津和夫も一度言ってたけれど、自分の歌うたってるより、ビートルズのコピーやってるほうが楽しいって。まあごもっともかもしれない。
6月に日本に帰る飛行機の中で朝日新聞読んでたら矢沢永吉の記事が出てた。ビートルズに出会わなかったら今の自分なんて考えられんとまで書いてあった。
オアシスも今は人気ではビートルズにも並ぶ(もしかするとそれ以上)ほどイギリスでは大きくなったけれど、アイドルの影だけは一生抜けないということか。
でも、それもそか。ジョンやポールですら、あれだけの傑作を作っていても、チャックベリーやエルビスの曲をコピーして歌うのはいつまでも好きなんだから。アイドルは永遠なのだ。
-----------BARKSから引用
オアシスのニュー・アルバム『Dig Out Your Soul』には、リアム・ギャラガーが敬愛するジョン・レノンへのトリビュート・ソングが収録されることがわかった。曲名は「I'm Outta Time」。リアムが書き下ろしたムーディなバラードで、レノンの古いインタヴュー音声が一部使われているという。
The Sun紙の記事によると、ジョン・レノンはリアムにとって、自分自身の次に好きなアーティストで、長い間、彼が自分のステレオで聴く唯一の音楽がビートルズだったらしい。今もジョンのゴーストに取り付かれているというリアムの曲は、めったに弟を褒めないノエルも賛辞を贈るほどの出来栄えだとか。オアシス・ファンにとってもビートルズ・ファンにとっても楽しみな1曲となりそうだ。
アビー・ロード・スタジオでレコーディングされたニュー・アルバム『Dig Out Your Soul』は、10月1日に日本先行発売となる。
俺の嫌いな財津和夫も一度言ってたけれど、自分の歌うたってるより、ビートルズのコピーやってるほうが楽しいって。まあごもっともかもしれない。
6月に日本に帰る飛行機の中で朝日新聞読んでたら矢沢永吉の記事が出てた。ビートルズに出会わなかったら今の自分なんて考えられんとまで書いてあった。
オアシスも今は人気ではビートルズにも並ぶ(もしかするとそれ以上)ほどイギリスでは大きくなったけれど、アイドルの影だけは一生抜けないということか。
でも、それもそか。ジョンやポールですら、あれだけの傑作を作っていても、チャックベリーやエルビスの曲をコピーして歌うのはいつまでも好きなんだから。アイドルは永遠なのだ。
-----------BARKSから引用
オアシスのニュー・アルバム『Dig Out Your Soul』には、リアム・ギャラガーが敬愛するジョン・レノンへのトリビュート・ソングが収録されることがわかった。曲名は「I'm Outta Time」。リアムが書き下ろしたムーディなバラードで、レノンの古いインタヴュー音声が一部使われているという。
The Sun紙の記事によると、ジョン・レノンはリアムにとって、自分自身の次に好きなアーティストで、長い間、彼が自分のステレオで聴く唯一の音楽がビートルズだったらしい。今もジョンのゴーストに取り付かれているというリアムの曲は、めったに弟を褒めないノエルも賛辞を贈るほどの出来栄えだとか。オアシス・ファンにとってもビートルズ・ファンにとっても楽しみな1曲となりそうだ。
アビー・ロード・スタジオでレコーディングされたニュー・アルバム『Dig Out Your Soul』は、10月1日に日本先行発売となる。
どうしてもビートルズに思考が飛ぶと最初はジョンとポールになるのだけれど、振り返るとジョージについても同じくらい接しているのも事実。ただ、この日記にも書かないことも多いし、誰かと話すにもジョージを語らないケースが多いだけ。なにせ、俺にとってはジョージは下手すると一番立場上感性が近い人間に思えることすらあるから。まあ、以前書いたとおり、うお座のA型は結構通じるのだ。
ジョージは才能という意味ではジョンやポールには及ばなかったとも言われるけれど、もしかしたら、恩恵を受けたと同時に、結構不幸を背負い込んだのかもしれない。あの2人とやんなきゃならなかったんだから。
もし、ジョージとリンゴが別のバンドを組んでいて、粋なロックンロールやジョージの好きだったモータウン系の音楽でもやってたら、結構カッコいいバンドでセンスよく評判とってたような雰囲気すらあるのだが。LA系のミュージシャンとやってたDark Horse, Extra Texture, 33・1/3なんかは、おそらく俺は相当好きだ。あの軽快で音楽をちょっと深すぎなくやれるのがジョージでもあったのだ。もちろん、All things must passの深さもあるけれど、同時にジョージのこの爽やかさがよかった。
でも、ビートルズには爽やかになりようがない芸術的な巨匠が2人もいた。だって、あの2人が作る曲は爽やかじゃなくて、劇的に感動して涙を流すことになるのだ。湿る、熱い、ハマル、逃げられない。それがジョンとポールなのだ。だけど、それがジョージのあのセンスをまったく芽生えさせなかったようなことって…俺だけだろうか、そんなこと考えるのは。なにせ、Here Comes the Sun でも Something でもやはり洗練された感じ、あれこそジョージなのだ。
もし、ジョージがビートルズじゃなくて自分でバンドやってそんな作品でヒットしてたら、おそらくはビートルズと違った、ちょっとトガッタ音楽だけ好きな連中に愛されていたような気がするのだが…。
もちろん、ビートルズにいなかったジョージなんて100%考えられない。でも、やはりあのジョージの曲がどうしても好きなときだってあるのだ。ジョージは極端に偉大なバンドでリードギターを担当してしまった。歌もあまり歌う機会もなかった。もちろん、4人で偉大になったけれど、ジョージだけ見れば、やはり別の生き方もあったような気もする。
ジョンとポールはあれしかなかった、絶対にビートルズだから世界が涙した。ジョージもそこにはいたけれど、カッコいいイキなジョージはビートルズ解散までなかなか見れなかった。
ジョージは才能という意味ではジョンやポールには及ばなかったとも言われるけれど、もしかしたら、恩恵を受けたと同時に、結構不幸を背負い込んだのかもしれない。あの2人とやんなきゃならなかったんだから。
もし、ジョージとリンゴが別のバンドを組んでいて、粋なロックンロールやジョージの好きだったモータウン系の音楽でもやってたら、結構カッコいいバンドでセンスよく評判とってたような雰囲気すらあるのだが。LA系のミュージシャンとやってたDark Horse, Extra Texture, 33・1/3なんかは、おそらく俺は相当好きだ。あの軽快で音楽をちょっと深すぎなくやれるのがジョージでもあったのだ。もちろん、All things must passの深さもあるけれど、同時にジョージのこの爽やかさがよかった。
でも、ビートルズには爽やかになりようがない芸術的な巨匠が2人もいた。だって、あの2人が作る曲は爽やかじゃなくて、劇的に感動して涙を流すことになるのだ。湿る、熱い、ハマル、逃げられない。それがジョンとポールなのだ。だけど、それがジョージのあのセンスをまったく芽生えさせなかったようなことって…俺だけだろうか、そんなこと考えるのは。なにせ、Here Comes the Sun でも Something でもやはり洗練された感じ、あれこそジョージなのだ。
もし、ジョージがビートルズじゃなくて自分でバンドやってそんな作品でヒットしてたら、おそらくはビートルズと違った、ちょっとトガッタ音楽だけ好きな連中に愛されていたような気がするのだが…。
もちろん、ビートルズにいなかったジョージなんて100%考えられない。でも、やはりあのジョージの曲がどうしても好きなときだってあるのだ。ジョージは極端に偉大なバンドでリードギターを担当してしまった。歌もあまり歌う機会もなかった。もちろん、4人で偉大になったけれど、ジョージだけ見れば、やはり別の生き方もあったような気もする。
ジョンとポールはあれしかなかった、絶対にビートルズだから世界が涙した。ジョージもそこにはいたけれど、カッコいいイキなジョージはビートルズ解散までなかなか見れなかった。
日本の山や川が美しく思い出されることがあるけれど、今日もそんな心の情景がわいてきた。珍しいことじゃない。日本にいるときでも、東京なんかの都会ではしばしばあったことだ。
ジョンレノンがニューヨークに住んだのは自由な都会であったことも理由のようだけれど、ヨーコさんによるとリバプールに似たものをとても感じていたから、という理由が大きかったようだ。イギリスではジョンは生前しばしば「イギリスを捨てた」といわれては多少の批判も受けていた。でも、本当にそうだったのだろうか?
僕はジョンはイギリスを、リバプールを誰よりも(他のメンバーよりという意味ではなく)愛していたように今でも思っている。ジョンほどリバプールを語ったり、曲のところどころにその愛情が映っていたアーチストなんてほかに思い出せない。
ジョンは、40歳で人生を終えたから、その後のことは誰も知らない。でも、もし生きていたならジョンは死ぬ前にリバプールに戻っていたような気もしてしまう。または勝手に大胆に言えば、死ぬ場所として、リバプールを選んだかもしれないとも思う。
なぜかというと、理由はおそらく文章では語りきれない。多少キザだけれど、単に確信的にそう感じているだけだから。ジョンのニューヨークでの生活や活動はリバプールを特に思い出させるものでもない。けれど、その奥深いところに、僕にはジョンの幼い頃への郷愁、憧憬、それにあの母親へ回帰する魂までも感じてしまう。勝手なストーカーのような妄想でも仕方がない。実際に僕の深いところでそう感じるのだから。
なにか共通するものがジョンと僕の間にあるとか、そんな美的にカッコつける気もないけれど、おそらくジョンを見続けた人間として、彼の精神を追い続けた人間として、そう確信するだけなんだろう。
ポールにもそれは感じるのだけれど、ちょっとジョンとは異なる感じ方だ。ポールはリバプールへの愛や自然な思い出を持っているような気がする。しかしジョンはリバプールを嫌うことすらあるけれど、それでも何時もリバプールから離れようとしない正にジョンの魂のようなものを常に持ち続けあるときは自分の中で激しく過去と葛藤していたようにすら感じてしまうのだ。
間違っているかもしれないけれど。
ジョンレノンがニューヨークに住んだのは自由な都会であったことも理由のようだけれど、ヨーコさんによるとリバプールに似たものをとても感じていたから、という理由が大きかったようだ。イギリスではジョンは生前しばしば「イギリスを捨てた」といわれては多少の批判も受けていた。でも、本当にそうだったのだろうか?
僕はジョンはイギリスを、リバプールを誰よりも(他のメンバーよりという意味ではなく)愛していたように今でも思っている。ジョンほどリバプールを語ったり、曲のところどころにその愛情が映っていたアーチストなんてほかに思い出せない。
ジョンは、40歳で人生を終えたから、その後のことは誰も知らない。でも、もし生きていたならジョンは死ぬ前にリバプールに戻っていたような気もしてしまう。または勝手に大胆に言えば、死ぬ場所として、リバプールを選んだかもしれないとも思う。
なぜかというと、理由はおそらく文章では語りきれない。多少キザだけれど、単に確信的にそう感じているだけだから。ジョンのニューヨークでの生活や活動はリバプールを特に思い出させるものでもない。けれど、その奥深いところに、僕にはジョンの幼い頃への郷愁、憧憬、それにあの母親へ回帰する魂までも感じてしまう。勝手なストーカーのような妄想でも仕方がない。実際に僕の深いところでそう感じるのだから。
なにか共通するものがジョンと僕の間にあるとか、そんな美的にカッコつける気もないけれど、おそらくジョンを見続けた人間として、彼の精神を追い続けた人間として、そう確信するだけなんだろう。
ポールにもそれは感じるのだけれど、ちょっとジョンとは異なる感じ方だ。ポールはリバプールへの愛や自然な思い出を持っているような気がする。しかしジョンはリバプールを嫌うことすらあるけれど、それでも何時もリバプールから離れようとしない正にジョンの魂のようなものを常に持ち続けあるときは自分の中で激しく過去と葛藤していたようにすら感じてしまうのだ。
間違っているかもしれないけれど。
もう金曜日、そしてもう8月。
気がつくと早い。
さて、今日は映画音楽を楽しんだからその話題。
久石譲という作曲家がいて、北野武作品や宮崎駿作品の音楽をほとんど担当しているのはファンならおそらく誰でも知っていることだろう。この人の作品には相当恐れ入っていて、聞いていると別世界に連れ込んでくれるような浮遊感に襲われる。一種の麻薬であり中毒現象にもなる。それが、また映画の場面にやたら合う。映画も凄いけれど、この音楽の作用はさらに効果を高めているのも間違いない。千と千尋のピアノやもののけ姫のテーマソングあたりになるともう音楽がないと2度目に見るにも何かが足りなくなってしまう。
この作曲家を選んだ映画監督の偉大さは当然だけれど、音楽にできることがここまであることもまた教えてくれる。このような一度聞いたら忘れないような音楽を作れる人というのは神からの天命を感じてしまう。北野映画のHANA-BIももちろんいい映画だったけれど、こうして音楽だけ独立して聴いてしまうと、これだけで完成した作品となっていることもしっかりわかってしまう。このアレンジなんて凄すぎ。
凄い作曲家だけれど、日本にこの人がいてよかったね。
気がつくと早い。
さて、今日は映画音楽を楽しんだからその話題。
久石譲という作曲家がいて、北野武作品や宮崎駿作品の音楽をほとんど担当しているのはファンならおそらく誰でも知っていることだろう。この人の作品には相当恐れ入っていて、聞いていると別世界に連れ込んでくれるような浮遊感に襲われる。一種の麻薬であり中毒現象にもなる。それが、また映画の場面にやたら合う。映画も凄いけれど、この音楽の作用はさらに効果を高めているのも間違いない。千と千尋のピアノやもののけ姫のテーマソングあたりになるともう音楽がないと2度目に見るにも何かが足りなくなってしまう。
この作曲家を選んだ映画監督の偉大さは当然だけれど、音楽にできることがここまであることもまた教えてくれる。このような一度聞いたら忘れないような音楽を作れる人というのは神からの天命を感じてしまう。北野映画のHANA-BIももちろんいい映画だったけれど、こうして音楽だけ独立して聴いてしまうと、これだけで完成した作品となっていることもしっかりわかってしまう。このアレンジなんて凄すぎ。
凄い作曲家だけれど、日本にこの人がいてよかったね。


