ビートルズの影響で趣味から思考回路まで一変した著者が日々の出来事と彼らとの接点を綴ります。できるだけ様々なアングルで書きたいと思います。
6月にまた日本に一度帰ることにした。
家族の健康状態などもやや心配になってきたし、仕事での話もそれなりにたまった。

日本に帰るときに思うことだけれど、俺は結構国粋主義者だってこと。日本だけで終わりたくないみたいな、若造の成り上がりでここまできたけれど、結局は心はいつも日本という観点から離れていない。たまには、日本人という狭い概念も払拭したい気もするけれど、どこかしらにはその気持ちは潜んでいる。まあ、これは単なる愛国主義とはちがうんだけど、難しいだろうな。自分でも言葉では納得しにくい。

でも、今はそんなことにも下手に抵抗しなくなった。それが自分の成長した過程だったし、それが今も自分を支えている柱のようなものだ。なくなってしまったらきっと寂しいし、中心の部分のなにかも失うのだろう。


最近は本当に国際情勢や日本での情報も流れが速い。もう、俺がかつて高校生や大学生の時代とは違う。時代が変わったのではなく、俺自身が知らぬ間に遠いところに流れ着いてきたということかもしれない。

こんな精神論のような世界は世代も変われば今ではお笑いの対象かもしれないけれど、俺もやっぱり古い人間なんだろう。与えられた時間はもう少ないけれど、せめて可能性があるなら全部出し切っておきたいような気がしてならないのだ。

国粋主義が変わらないように、ジョンやポールに出会えたから生まれた価値観もこれからずっと変わらないのだろう。それを背負ってしまったから、感動のような心の満足を捨てたくもないのだろう。

しばらくの間この日記(ブログ)からも離れようと思う。
日記なので、特に思い出にしたいことでもあれば書くときもあるかもしれないけれど、それよりも一度これからの残った時間の旅程、かっこつければ残りの人生計画でも少しは考えようと思う。

まだ若いとはいわないけれど、抱きしめたいを聞いたときの感動は今も鮮明なまま。
最高の感動をしるなら、それを持続してみたいだけなのだ。幼稚だろうけれど、それもいまさら変わらないから抵抗しない。

これから出来ることに満足できるかどうかわからないけれど、初めてジョンレノンの声を聞いた時の状態のままこれからも年をとっていきたいと思っている。




PS. お読みいただいてきた方、しばしのお別れですがお許しください。本当にありがとうございました。皆様のコメントは心に沁みました。なんとか数ヶ月で再開できれば、とは思っています。