ビートルズの影響で趣味から思考回路まで一変した著者が日々の出来事と彼らとの接点を綴ります。できるだけ様々なアングルで書きたいと思います。
1981年に初めてアメリカに行って、LAでブルース・スプリングスティーンを見た。リバーが出た後だから、乗りに乗りまくってたころのブルース。

興奮してどうしていいかわからないくらい嬉しかったけれど、コンサートではロックという文化が出来上がっているアメリカも知った。その頃の日本ではまだまだロックでも盛り上がりは今ひとつ。心は熱くても、声に出したり踊ったりはロックであってもあまり見かけなかった。当時はイギリスロックしか俺も興味なくて、アメリカ旅行前に見たコンサートは、エリッククラプトンだのキングクリムゾンだのUKだの、とにかくアメリカのノリは日本で体験してなかったのも事実だけれど。クラプトンもそのころは一番レイドバックしててコンサートもダルさで満ち溢れてたしなあ。

ところが、LAでは隣のデカイ黒人がおれの方に手を回して踊ったり歌ったりで、どうも完全にノックアウトされた状態だった。隣でマリファナ吸って酒飲んで騒がれたらこっちもどうしていいやら…

街を歩けばホームレスの横たわる街角で、ギターを弾くミュージシャン。それが滅法巧い。でも、それも当然。だって、ブルースだってジャズだってアメリカの音楽やってるだけだから。彼らが素直にギター弾くとそうなるだけ、ってことだろう。

初めてのアメリカではカルチャーショックも相当あったけけど、若かった、俺も。
バスでNYのハドソン川渡っていくときは、俺もこのNYでジョンの後追って死んでもいい、とか完全にブッ切れてた。なりきってたわけだ、アメリカに。


でも、その物凄い迫力のロックが根付くアメリカで、そこで成功したミュージシャンは皆凄いと思った。
もちろん、ビートルズもそこで大成功したんだから、やはり凄かったのだ。

アメリカは青い若者の目には夢と希望と現実があまりの迫力だった。
コンサートの後、LAの場末の?ライブハウスで朝までガタガタやって酒飲んでたの、思い出した。
次の日は、ハリウッドボウルに行って泣いてたんだから、劇的なLAだったなあ。

戻らない日々ってことか。