少し時間があるので、ネットでも情報は取れる毎日。
忙しいとネットにも目は通さないし、第一頭の中が混乱状態でなにもできないことが多い。でも、最近はそんな夢遊病者のような生活からも少しは遠ざかっていて調子が戻ってきたのだろうか。普段通り過ぎることでも、案外いろいろと気がつくこともある。
そんな中で気が付いたのだけれど、自分はいったい何やってんだ?という疑問。
もういい加減、自分の歳を考えるとビートルズだのロックだの人権だ自由だ希望だって…こういう状態なのも不思議な気がしてきた。考えてみると、こんな精神状態はおそらく学生時代に燃え上がるものなんじゃないか?それが40代にしてこの話に傾倒してんのもどうも…俺はなにしてんだ?
もう俺の昔の友達は会社なら部長、下手すると役員だって相当いる。彼らは会社の責任だの経済だの家族の将来だの、とにかく俺とは全く世界が違うことに関心が強い。もちろん、俺は会社の生活はとっくにやめたからこうなるのかも知れないけれど、そうだとしても、この精神年齢はどうも自分でも不思議だ。
でも、言い訳すればこれもビートルズのせいなんだけどね。
彼らに出会ってから、ほとんど心のレベルが同じところで騒いでるだけのような気もしてるから。いまだに感動だの、夢だの、才能だの…こんなこと考えてれば本当に俺はどうしようもない「少年」なのかもしれない。
まあ、ビートルズのせいなら、感謝すべきなんだろうな。なんたって少年なんだから(笑!)
でも、じゃあ、もし、彼らが世の中にいなかったら、逆に俺は会社の重役にでも今頃なれてたっていうのだろうか…?????
思考回路停止。
忙しいとネットにも目は通さないし、第一頭の中が混乱状態でなにもできないことが多い。でも、最近はそんな夢遊病者のような生活からも少しは遠ざかっていて調子が戻ってきたのだろうか。普段通り過ぎることでも、案外いろいろと気がつくこともある。
そんな中で気が付いたのだけれど、自分はいったい何やってんだ?という疑問。
もういい加減、自分の歳を考えるとビートルズだのロックだの人権だ自由だ希望だって…こういう状態なのも不思議な気がしてきた。考えてみると、こんな精神状態はおそらく学生時代に燃え上がるものなんじゃないか?それが40代にしてこの話に傾倒してんのもどうも…俺はなにしてんだ?
もう俺の昔の友達は会社なら部長、下手すると役員だって相当いる。彼らは会社の責任だの経済だの家族の将来だの、とにかく俺とは全く世界が違うことに関心が強い。もちろん、俺は会社の生活はとっくにやめたからこうなるのかも知れないけれど、そうだとしても、この精神年齢はどうも自分でも不思議だ。
でも、言い訳すればこれもビートルズのせいなんだけどね。
彼らに出会ってから、ほとんど心のレベルが同じところで騒いでるだけのような気もしてるから。いまだに感動だの、夢だの、才能だの…こんなこと考えてれば本当に俺はどうしようもない「少年」なのかもしれない。
まあ、ビートルズのせいなら、感謝すべきなんだろうな。なんたって少年なんだから(笑!)
でも、じゃあ、もし、彼らが世の中にいなかったら、逆に俺は会社の重役にでも今頃なれてたっていうのだろうか…?????
思考回路停止。
昨日の夜、ジョンの魂を聞いて寝たのだけれど、それがどうもまたもや頭に一撃食らった状態になってしまった。今日一日、ジョンのあのマザーという声がこだましてた。
ジョンは、突然母親と事故で親子関係を終わったのだけれど、どうも、この声はやはりあまりに強烈に響く。この絶叫は、単に歌のために出せっていっても出てくる声じゃない。この声は、叫ばずにいられなかった当時のジョンの心境なのだろうけれど、もう狂気を通り越した生死をさまようような朦朧とした声にすら聞こえる。
僕はこのレコードは実は、高校生になって初めてきいたのだけれど、当時はなにやら理解不能。でも、今はこのジョンの声の痛さが聞いていてあまりにつらい。
ジョンはスーパースターだったにもかかわらず、こんな声を出さなければならなかった。むしろ、それまでマスクをしてこの声を出さないようにしていただけだったのかもしれない。それがスーパースターの素顔であって、声と素顔を隠したマスクがここでやっとはがされたということか…
ジョンは世界を制覇しても精神的な苦しさをもったビートルであり続けたのだろう。でも、やっと小野洋子というパートナーをみつけ、そしてショーンが加わった頃、もしかしたらジョンは彼の人生で幸福の絶頂期に差し掛かっていたのかもしれない。そんな気がする。
そのときにジョンの命が終わった。
マザーで僕の耳にこだましたジョンの声は、あまりに無情なジョンの人生を考えさせられてしまった。
真相は誰も知らないけれど、あれだけのスーパースターが、もし満足に幸福を得る時間がないままに人生が終わったとするなら、あまりの悲劇でしかない。そう考えたとき、僕は本当にジョンに感謝しなければならないと改めて思った。
ジョンは僕や世界の人のために、代わりにジョンだけが苦しみを背負って犠牲になってくれたようにすら思ってしまった。なぜなら、僕を含め多くの人たちがジョンに出会えたことでほんとうにいい人生を選択できたから。
これからしばらく、ジョンの魂は聞かないことにした。
ジョンは、突然母親と事故で親子関係を終わったのだけれど、どうも、この声はやはりあまりに強烈に響く。この絶叫は、単に歌のために出せっていっても出てくる声じゃない。この声は、叫ばずにいられなかった当時のジョンの心境なのだろうけれど、もう狂気を通り越した生死をさまようような朦朧とした声にすら聞こえる。
僕はこのレコードは実は、高校生になって初めてきいたのだけれど、当時はなにやら理解不能。でも、今はこのジョンの声の痛さが聞いていてあまりにつらい。
ジョンはスーパースターだったにもかかわらず、こんな声を出さなければならなかった。むしろ、それまでマスクをしてこの声を出さないようにしていただけだったのかもしれない。それがスーパースターの素顔であって、声と素顔を隠したマスクがここでやっとはがされたということか…
ジョンは世界を制覇しても精神的な苦しさをもったビートルであり続けたのだろう。でも、やっと小野洋子というパートナーをみつけ、そしてショーンが加わった頃、もしかしたらジョンは彼の人生で幸福の絶頂期に差し掛かっていたのかもしれない。そんな気がする。
そのときにジョンの命が終わった。
マザーで僕の耳にこだましたジョンの声は、あまりに無情なジョンの人生を考えさせられてしまった。
真相は誰も知らないけれど、あれだけのスーパースターが、もし満足に幸福を得る時間がないままに人生が終わったとするなら、あまりの悲劇でしかない。そう考えたとき、僕は本当にジョンに感謝しなければならないと改めて思った。
ジョンは僕や世界の人のために、代わりにジョンだけが苦しみを背負って犠牲になってくれたようにすら思ってしまった。なぜなら、僕を含め多くの人たちがジョンに出会えたことでほんとうにいい人生を選択できたから。
これからしばらく、ジョンの魂は聞かないことにした。
日本は今はゴールデンウィークだろうか。
どうもカレンダーの感覚がなくなってしまって久しいので、そんなことを考えるとつくづく時間が過ぎたことを実感する。かつて会社勤めをしていた頃には、この時期はやっと開放さるって喜んでいた季節だ。
今日は、この時期にしては温かく海辺に出かけて愛犬と遊んできた。
ビーチで時間が過ぎるままにいると、何故か喧騒の中で過ごした生活も懐かしくなる。勝手なもので、ないものはほしくなったり懐かしんだり。でも、今あるものには価値がわからなくなることが多い。
ジョンレノンの「心の壁・愛の橋」に入っている What you got を時々やたらに聞きたくなることがあるけれど、今日はそんな心境だった。

どうもカレンダーの感覚がなくなってしまって久しいので、そんなことを考えるとつくづく時間が過ぎたことを実感する。かつて会社勤めをしていた頃には、この時期はやっと開放さるって喜んでいた季節だ。
今日は、この時期にしては温かく海辺に出かけて愛犬と遊んできた。
ビーチで時間が過ぎるままにいると、何故か喧騒の中で過ごした生活も懐かしくなる。勝手なもので、ないものはほしくなったり懐かしんだり。でも、今あるものには価値がわからなくなることが多い。
ジョンレノンの「心の壁・愛の橋」に入っている What you got を時々やたらに聞きたくなることがあるけれど、今日はそんな心境だった。

今日は日本語サイトのニュースはどこでも長野の聖火マラソンのニュースだなあ。
これも、長野は驚いただろうに。最初は、オリンピックの純粋な意識だけで喜んでいても、最後にはこの状態になって2000人(?)の警官や機動隊が出動して警備してたって?これもモノモノしいなあ。画像も情報もこちらにはないから、コメントは出来ないけれど、とにかく常識ではないような光景だったのだろう。
群集が騒ぐともう警官でも手がつけられなくなるし、それが拡大するとデモも過激になり、さらにはクーデターになる。罵倒して喧嘩のような状態になっていっても、その光景は実は民主主義の一部なのだ。それは暴力を伴わなければ、社会に対して言葉を発することができるのだ。
ビートルズの登場で世界の若者は、絶叫、失神、疾走、革命などすべてを経験していったのが1960年代だった。それが歴史上では、暴力ではなく表現によって若者が開放されていった最大の出来事だったろう。才能、この場合ビートルズが今でも評価が消えないのはこの部分も大きいと思う。彼らはほとんどの大人から非難されたけれど、その大人たちが最後には彼らに歩み寄ってしまった。才能にひざまずいてしまった。教科書には載るし、歴史には残るし、ビートルズを取り巻く産業まで出来上がって、最後にはビートルズを追うだけで巨大な金が動いてしまった。誰もが無視できなくなってしまったのだ。ビートルズはハンブルグの頃などは、相当暴力的で過激だった。それが最後は才能だけで世界を認めさせたのだから、やはりそこには頭が下がる。
よく、ビートルズはロックじゃない、などというお方がいるけれど、そういう輩に限って、過激さが足りないだとか、ハードじゃないとか、力がないとかいう。でも、ギター壊して、暴力ふるって、コンサートで会場壊すのがロックではない。これだけはいえるけれど、それはただの社会迷惑な危険分子でしかない。ロックでだろうがクラシックだろうが、才能というのものは世界を変えるのに暴力などは不要なのだ。その才能だけでどんな暴力や過激さよりもエネルギーをもっているから。
ビートルズは、涙が出るほど美しい曲をたくさん作った。同じように、レボリューションのような世界がぶっ飛ぶようなエネルギーの作品もたくさん作った。そして彼らの全ての才能が世界を変えたエネルギーは、他のどのロックバンドよりもはるかに大きな力を持っていた。もし、社会にテーマを与えて、変革する力がロックだとするなら、いままで「ビートルズのロック」を超えたミュージシャンはどう客観的に見ても見当たらない。今では信じられないだろうけれど、かつてロシア(当時ソ連)は西側の文化をすべてシャットアウトした。しかし、ビートルズの音楽はその隙間から抜け出していってソ連の若者を刺激した。そのソ連時代の若者の1人が成長し現在ロシアの防衛大臣になっている。彼は今でもビートルズとの出会いを熱く語っている。そして、もう1人ががポールを赤の広場に招待したプーチン大統領であったのも事実。
ビートルズのロックは最後には宗教家や歴史上の名誉革命のような神聖な領域にまで達した。なぜならビートルズは才能だけで変革を実現し、そこには暴力がまるでなかったからだ。力での圧倒が戦争だとするなら、才能や言論という非暴力での征服こそ自由の象徴なのだ。「自由の象徴」…これこそがビートルズの凄さであり、彼らの永遠性の理由は最後にはここにあると思っている。
これも、長野は驚いただろうに。最初は、オリンピックの純粋な意識だけで喜んでいても、最後にはこの状態になって2000人(?)の警官や機動隊が出動して警備してたって?これもモノモノしいなあ。画像も情報もこちらにはないから、コメントは出来ないけれど、とにかく常識ではないような光景だったのだろう。
群集が騒ぐともう警官でも手がつけられなくなるし、それが拡大するとデモも過激になり、さらにはクーデターになる。罵倒して喧嘩のような状態になっていっても、その光景は実は民主主義の一部なのだ。それは暴力を伴わなければ、社会に対して言葉を発することができるのだ。
ビートルズの登場で世界の若者は、絶叫、失神、疾走、革命などすべてを経験していったのが1960年代だった。それが歴史上では、暴力ではなく表現によって若者が開放されていった最大の出来事だったろう。才能、この場合ビートルズが今でも評価が消えないのはこの部分も大きいと思う。彼らはほとんどの大人から非難されたけれど、その大人たちが最後には彼らに歩み寄ってしまった。才能にひざまずいてしまった。教科書には載るし、歴史には残るし、ビートルズを取り巻く産業まで出来上がって、最後にはビートルズを追うだけで巨大な金が動いてしまった。誰もが無視できなくなってしまったのだ。ビートルズはハンブルグの頃などは、相当暴力的で過激だった。それが最後は才能だけで世界を認めさせたのだから、やはりそこには頭が下がる。
よく、ビートルズはロックじゃない、などというお方がいるけれど、そういう輩に限って、過激さが足りないだとか、ハードじゃないとか、力がないとかいう。でも、ギター壊して、暴力ふるって、コンサートで会場壊すのがロックではない。これだけはいえるけれど、それはただの社会迷惑な危険分子でしかない。ロックでだろうがクラシックだろうが、才能というのものは世界を変えるのに暴力などは不要なのだ。その才能だけでどんな暴力や過激さよりもエネルギーをもっているから。
ビートルズは、涙が出るほど美しい曲をたくさん作った。同じように、レボリューションのような世界がぶっ飛ぶようなエネルギーの作品もたくさん作った。そして彼らの全ての才能が世界を変えたエネルギーは、他のどのロックバンドよりもはるかに大きな力を持っていた。もし、社会にテーマを与えて、変革する力がロックだとするなら、いままで「ビートルズのロック」を超えたミュージシャンはどう客観的に見ても見当たらない。今では信じられないだろうけれど、かつてロシア(当時ソ連)は西側の文化をすべてシャットアウトした。しかし、ビートルズの音楽はその隙間から抜け出していってソ連の若者を刺激した。そのソ連時代の若者の1人が成長し現在ロシアの防衛大臣になっている。彼は今でもビートルズとの出会いを熱く語っている。そして、もう1人ががポールを赤の広場に招待したプーチン大統領であったのも事実。
ビートルズのロックは最後には宗教家や歴史上の名誉革命のような神聖な領域にまで達した。なぜならビートルズは才能だけで変革を実現し、そこには暴力がまるでなかったからだ。力での圧倒が戦争だとするなら、才能や言論という非暴力での征服こそ自由の象徴なのだ。「自由の象徴」…これこそがビートルズの凄さであり、彼らの永遠性の理由は最後にはここにあると思っている。
久しぶりに旅に出た。2泊だけの旅だけれど、それなりにリフレッシュした。
大自然の中で過ごした時間はなにかあらたな「やる気」を運んでくれるから嬉しいものだ。やはり毎日同じこと続けてるわけにはいかないかな。思考回路が停止する。
大自然の山間のコテージの中でMother Natures Sonがずっと頭の中で鳴ってたな。あの清らかなメロディが美しく景色にマッチしてた。
ニュージーランドの自然を走るといつも思い出すのが夢の旅人なのだけれど、それはニュージーランドがイギリスの風景と似ているからだろう。今回はダニーデンというスコットランドの影響が強い町を旅したけれど、尚のこと、そのあたりでは夢の旅人が鳴り続いた。
こういった曲はビートルズやソロの作品としても、地味なイメージがあるけれど、こうしてその風景に染まると、地味なのではなく、その土地のフォークソングのような意味合いを持っていることが、やっとわかり始める。
夢の旅人がイギリスでアレだけヒットしたのは、やはり皆景色を見ながら歌いたくなるような曲だったんだろうな。緑の丘と、羊と、打ち寄せる波を見ていて、本当にそう感じた。
大自然の中で過ごした時間はなにかあらたな「やる気」を運んでくれるから嬉しいものだ。やはり毎日同じこと続けてるわけにはいかないかな。思考回路が停止する。
大自然の山間のコテージの中でMother Natures Sonがずっと頭の中で鳴ってたな。あの清らかなメロディが美しく景色にマッチしてた。
ニュージーランドの自然を走るといつも思い出すのが夢の旅人なのだけれど、それはニュージーランドがイギリスの風景と似ているからだろう。今回はダニーデンというスコットランドの影響が強い町を旅したけれど、尚のこと、そのあたりでは夢の旅人が鳴り続いた。
こういった曲はビートルズやソロの作品としても、地味なイメージがあるけれど、こうしてその風景に染まると、地味なのではなく、その土地のフォークソングのような意味合いを持っていることが、やっとわかり始める。
夢の旅人がイギリスでアレだけヒットしたのは、やはり皆景色を見ながら歌いたくなるような曲だったんだろうな。緑の丘と、羊と、打ち寄せる波を見ていて、本当にそう感じた。
今日、ネットでみてたら光市事件の少年が死刑判決という記事を見た。
死刑は嬉しいとはいえないけれど、今回は世論がほぼ全てこの判決を支持しているという感情論でも道徳論でも社会正義からでも、死刑しか残っていないという風潮に見える。もちろん、ネットでしかわからないのだけれど。
少年も18歳だった。
日本は自由の国であり、全ての行動は自由だけれど、その行動の責任はすべて自分が最後には追わなければならない。これが自由を享受するときの最低限の原則だ。自由には、自己責任という結論が常にある。
最後にこの判決が決定するなら、日本にはまだ自己責任という自由の選択が残っているのだろうと思う。死刑を喜ぶ人はいないだろう。しかし、自由が生き続けることを喜ぶ人は多いだろう。今回の大衆の判決支持の背景には、自由主義を前提とした判断が根底にあるように思う。生きるも死ぬも、自由の前では判断は平等であるべき。自由をまげて生きるよりも、自由を守るために死を選ぶことが正義であることも起きるのだろう。
長髪で髭、社会に反するような発言、これも自由だった。最初は、それが社会には受け入れられなかった。しかし、それらの自由な行動は、人を不快にするよりも、音楽と表現の自由により人々を開放し幸福にした。もし不快感だけがあったなら、はるか昔にビートルズは消え去っていただろう。
自由を楽しむということは、自分に100%までは合致しなくとも、なにかしら社会に受け入れられるべき社会共存も選ばなければならない。それができないならば、社会の自由を守るため、共存しない選択をした人間はそこから消え去らなければならない、ということなのだろう。
この少年は社会との共存を自ら拒んでしまった。
死刑は嬉しいとはいえないけれど、今回は世論がほぼ全てこの判決を支持しているという感情論でも道徳論でも社会正義からでも、死刑しか残っていないという風潮に見える。もちろん、ネットでしかわからないのだけれど。
少年も18歳だった。
日本は自由の国であり、全ての行動は自由だけれど、その行動の責任はすべて自分が最後には追わなければならない。これが自由を享受するときの最低限の原則だ。自由には、自己責任という結論が常にある。
最後にこの判決が決定するなら、日本にはまだ自己責任という自由の選択が残っているのだろうと思う。死刑を喜ぶ人はいないだろう。しかし、自由が生き続けることを喜ぶ人は多いだろう。今回の大衆の判決支持の背景には、自由主義を前提とした判断が根底にあるように思う。生きるも死ぬも、自由の前では判断は平等であるべき。自由をまげて生きるよりも、自由を守るために死を選ぶことが正義であることも起きるのだろう。
長髪で髭、社会に反するような発言、これも自由だった。最初は、それが社会には受け入れられなかった。しかし、それらの自由な行動は、人を不快にするよりも、音楽と表現の自由により人々を開放し幸福にした。もし不快感だけがあったなら、はるか昔にビートルズは消え去っていただろう。
自由を楽しむということは、自分に100%までは合致しなくとも、なにかしら社会に受け入れられるべき社会共存も選ばなければならない。それができないならば、社会の自由を守るため、共存しない選択をした人間はそこから消え去らなければならない、ということなのだろう。
この少年は社会との共存を自ら拒んでしまった。
ポールもこの件だけは社会活動を継続してる。
でも、全員がこうなると世の中は産業革命状態になるかな?
これはポールに限らずお願いだけれど、大金持ちになった人は、遺産相続で余りそうな分は全部社会奉仕のために使い切っておくべきだと思うけどな。10億もあれば、あとは生きていけるわけだから、それ以外はどんな事業であっても世界が変わる方向に利用するなら、世界の富豪の財産だけでも相当産業革命起こせると思うけどな。
これもポールに言うわけじゃないけれど、ライブエイドやチャリティーもあまり好きじゃない。コンサートやって、金払ってるのは結局庶民。スターは全然受け取らないとはいっても、世界的なプロモーションだし、自分ではほとんど出費しないのと同じ。あんなに金持ちスターが集まって、コンサートやるなら、同時に財産の半分くらい全員出してみたらどうか。それだけでもデカイけどなあ。
まあ、ポールはある程度社会に対して寄付もしてきてるけれど。
世の中のチャリティ好きなミュージシャン様達へ、是非自ら率先して寄付してみては?
[ニューヨーク 21日 ロイター] 元ビートルズのポール・マッカートニー氏が、地球温暖化の進行を防ぐため、より多くの人が菜食主義者になるべきだとの考えを示した。
ロイターが入手した動物愛護団体PETAとのインタビュー原稿で、マッカートニー氏は世界の食肉業界が地球温暖化の大きな原因になっていると指摘。その上で「生活スタイルの中で誰もが起こせる最大の変化は、菜食主義者になることだ」と述べた。
自身も菜食主義者であるマッカートニー氏は「われわれの貴重な環境を助け、未来の子どもたちに残すため、この単純な一歩を踏み出すことを多くの人に考えてもらいたい」としている。
同氏は、食肉業界を維持するため使われる土地や水の量が気候変動に大きな影響を与えているとし、環境団体のほとんどが菜食主義を最優先事項の1つに挙げていないことに不満を示している。
今、夢の旅人を聞きながら…これが出たとき、僕は高校を卒業する頃だった。それは今でも記憶に残っている。でも、高校時代一番記憶に残っているのは、学園祭でハードデイズナイトの映画をクラスで上映したこと。
入場料50円くらいだったろうか。学校中にポスター貼って、男子校だから女子高からのゲストを期待しながらも…でも僕自身はなんたって本当にあの映画が目の前で見れるってことが嬉しくて3日間の学園祭の間、たのしくて仕方なかった。ポスター制作、パンフレットの文章書いて、そのうえ映画上映前に勝手にマイクもって客席前にしてマジで映画の解説までやって…今考えると恥ずかしさで顔から火が出るって。
映画はその頃、ビートルズファンクラブの前身だったビートルズシネクラブが売っていた8ミリフィルムだった。2万円くらいだったと思うけれど、クラスで数人のファンで資金出し合って買った。もう誰がなんと言おうと、わがクラスではこれが学園祭の行事!ってな押し切りでやり遂げた。馬力だ。
上映は人気で毎回満席だった。最後の上映の時、上映しているファンの自分たちは当然だけれど、特にファンじゃない他のクラスメート、それに客席をちゃんと埋めてくれた女子高生(なんとういう麗しい響きじゃ!)たちまでがあのヘリコプターからビートルズが飛び立ったあと、大拍手でスタンディングオベーション。普段はタバコすってツッパッた連中、友達も少ない無口な奴、バリバリのハードロックギタリスト、落語研究会の奴、体育系しか能がない奴、勉強だけのクラス委員の黒メガネ君、それに客席の麗しき女子高生たちまで、全員が大喜びの映画になった。
感動的な体験だった。もちろんビートルズの映画にも僕は感動したけれど、それ以上に普段は全然共通の趣味もなさそうな皆まで感動して最後まで共に涙も流せたことがもっと大きな感動だった。日本もまだそんなことが許される純粋な時代だったんだろう。ビートルズはもう大人だったけれど、僕達はまだまだ青春だったのだ。今はパステル調の思い出に染まるような、そんな時代。
あれはもう30年も前の話。僕もすでに40代後半になった。でも、僕達のクラスメートと客席の皆の胸の中には、高校最後の学園祭の記憶がモノクロのビートルズのフィルムそのままに消えずに残っている。
入場料50円くらいだったろうか。学校中にポスター貼って、男子校だから女子高からのゲストを期待しながらも…でも僕自身はなんたって本当にあの映画が目の前で見れるってことが嬉しくて3日間の学園祭の間、たのしくて仕方なかった。ポスター制作、パンフレットの文章書いて、そのうえ映画上映前に勝手にマイクもって客席前にしてマジで映画の解説までやって…今考えると恥ずかしさで顔から火が出るって。
映画はその頃、ビートルズファンクラブの前身だったビートルズシネクラブが売っていた8ミリフィルムだった。2万円くらいだったと思うけれど、クラスで数人のファンで資金出し合って買った。もう誰がなんと言おうと、わがクラスではこれが学園祭の行事!ってな押し切りでやり遂げた。馬力だ。
上映は人気で毎回満席だった。最後の上映の時、上映しているファンの自分たちは当然だけれど、特にファンじゃない他のクラスメート、それに客席をちゃんと埋めてくれた女子高生(なんとういう麗しい響きじゃ!)たちまでがあのヘリコプターからビートルズが飛び立ったあと、大拍手でスタンディングオベーション。普段はタバコすってツッパッた連中、友達も少ない無口な奴、バリバリのハードロックギタリスト、落語研究会の奴、体育系しか能がない奴、勉強だけのクラス委員の黒メガネ君、それに客席の麗しき女子高生たちまで、全員が大喜びの映画になった。
感動的な体験だった。もちろんビートルズの映画にも僕は感動したけれど、それ以上に普段は全然共通の趣味もなさそうな皆まで感動して最後まで共に涙も流せたことがもっと大きな感動だった。日本もまだそんなことが許される純粋な時代だったんだろう。ビートルズはもう大人だったけれど、僕達はまだまだ青春だったのだ。今はパステル調の思い出に染まるような、そんな時代。
あれはもう30年も前の話。僕もすでに40代後半になった。でも、僕達のクラスメートと客席の皆の胸の中には、高校最後の学園祭の記憶がモノクロのビートルズのフィルムそのままに消えずに残っている。
オランダのビートルズファンからメールが来た。
不思議と何故か時々オランダからはビートルズファンのメールがくる。おそらく何かにサイトが紹介されているのかもしれない。
でも、世界のサイトを見ているとビートルズのことを語る人はとかく多いなあ。もうすでに解散して40年近くたつって言うのに、この雰囲気はいまだにライブな人気バンドのような感じにすらなる。自分がそう思っているからというのもあるだろうけれど、解散したバンドのサイトが世界で一番多い音楽サイトっていうのもどうも変な気もする。
解散してもうすでに存在しないバンドのことを持ち出して、あのアルバムはどうのこうの…とまらない。
もう存在してないバンドを、方やライブのバンドと比較してどうのこうの…なにそれ?
はなはだしいのが、今だにストーンズファンはビートルズと比較してるってのもどうも不思議。もういないバンドとまだライブ(といってもオリジナルメンバーは少なくなったが)のバンドのライバル関係なんてなんで語ってんの?
とにかくすべてのネタがいまだにビートルズにまとわりつくってのもどうかなあ。
これはビートルズに匹敵するだの、これはビートルズを超えているだの…そんなの何年やってんだろう。本当にビートルズが解散して40年近くほとんどこのビートルズと他のバンドというバランス関係は変わっていない。第一、今だに毎月どこかの雑誌でビートルズの記事が出てるってのも変だ。エルビスだってほんとに時々しか記事なんて出ないし、下手するとまだライブの現存するバンドだって毎月記事になるってこともない。
彼らが解散してから時間は止まってんだろうか。
1人のファンとしては嬉しさもあるけれど、まあファンだけの自由な世界にそろそろ入りたい気もしている。とにかくビートルズにはあらゆる人からの評論が多すぎやしないか。もういないバンドなんだから、ファン中心のファン談義にしてくれてもいいんじゃないかなあ。ビートルズをあまり知らない批評や何でもビートルズからめて比較でネタにするのはもういいんじゃない?
でも、考えてみれば俺自身もこうして何も変わらないのも不思議かな?
ビートルズってやっぱり消えないなあ。
不思議と何故か時々オランダからはビートルズファンのメールがくる。おそらく何かにサイトが紹介されているのかもしれない。
でも、世界のサイトを見ているとビートルズのことを語る人はとかく多いなあ。もうすでに解散して40年近くたつって言うのに、この雰囲気はいまだにライブな人気バンドのような感じにすらなる。自分がそう思っているからというのもあるだろうけれど、解散したバンドのサイトが世界で一番多い音楽サイトっていうのもどうも変な気もする。
解散してもうすでに存在しないバンドのことを持ち出して、あのアルバムはどうのこうの…とまらない。
もう存在してないバンドを、方やライブのバンドと比較してどうのこうの…なにそれ?
はなはだしいのが、今だにストーンズファンはビートルズと比較してるってのもどうも不思議。もういないバンドとまだライブ(といってもオリジナルメンバーは少なくなったが)のバンドのライバル関係なんてなんで語ってんの?
とにかくすべてのネタがいまだにビートルズにまとわりつくってのもどうかなあ。
これはビートルズに匹敵するだの、これはビートルズを超えているだの…そんなの何年やってんだろう。本当にビートルズが解散して40年近くほとんどこのビートルズと他のバンドというバランス関係は変わっていない。第一、今だに毎月どこかの雑誌でビートルズの記事が出てるってのも変だ。エルビスだってほんとに時々しか記事なんて出ないし、下手するとまだライブの現存するバンドだって毎月記事になるってこともない。
彼らが解散してから時間は止まってんだろうか。
1人のファンとしては嬉しさもあるけれど、まあファンだけの自由な世界にそろそろ入りたい気もしている。とにかくビートルズにはあらゆる人からの評論が多すぎやしないか。もういないバンドなんだから、ファン中心のファン談義にしてくれてもいいんじゃないかなあ。ビートルズをあまり知らない批評や何でもビートルズからめて比較でネタにするのはもういいんじゃない?
でも、考えてみれば俺自身もこうして何も変わらないのも不思議かな?
ビートルズってやっぱり消えないなあ。
どうも最近はハードデイズナイトにちょっとはまり気味だな。
寝る前にどうしても聞きたくなってしまう。思い出せば、中学3年の時、必ずこのテープをかけながら眠りについた。毎日。モノラルで録音したテープが音立てて雑音だらけになってしまったけれど、今だに自宅の本棚にそのカセットは置いてある。捨てられないなあ。
でも、今では当たり前に聞いているAnd I Love Herだけれど、これも途中で間奏が半音あがるんだよな。今では自然だけれど、初めて聞いたとき、ふわっとした感覚になって「なんだこれ?」って思ったことを今でも覚えている。そんな突然半音あがるなんてのはそれが初めてだったのだろう。
考えてみると、これは突然キーチェンジするわけで、音楽上は不自然極まりないのだけれど、本当にビートルズがやると「ここではこれしかない!」っていう感じでピタッときまる。なんという技。でも彼らにとってはカルワザでしかない。どうしようかこうしようか迷って決めてたわけでもなく、その場ですぐベストが決まる。
凄いね。
ちょっと読み出したまままだ最初の方で読み止まってしまった本がある。
ジョンレノンとポールマッカートニーが出会った1日だけを小説にした、ジョンがポールと出会った日
でも、だんだん住んでいるニュージーランドも公園の木々が美しく紅葉してきて、読書も楽しくなってきた季節。そろそろ読み出したいと思う。読み始めればおそらく1日で読み終えるだろうけれど、どうしても、中途半端にしたくなかった。
実は、この本はある程度書評を読んで内容は知っている。なので、期待して読むつもりもない。だけれども、僕が一番興味がある一点を探すなら、今はこの「ジョンがポールと出会った日」があまりに興味がある。あまりにロマンなのだ。不良少年達の出会いがエバーグリーンな色に染まったような、そんな1日にタイムワープしてみたい。アホな話だけれど、本当にその場にいて、彼らが出会うところを目撃できるなら今ここで死んで魂だけそのときに戻らせてほしいほどの興味がある。
彼らすら知らなかった将来。でも、彼らはお互いをそのときからパートナーとする。
そして、今僕はその史実に進路を変えられた人生を送っている。
僕の人生が変わったのは、ビートルズに出会ったからだけれど、元を正せばその一点は「ジョンがポールと出会った日」なのだ。興奮するなあ。
前回、ハードデイズナイトのコードのこと書いたなあ。
でも、今日ギターいじっててまた思ったけれど、ジョンのコードは不可解だ。
ストロベリーなんてアホじゃないか?っていうコードであんな名曲になるけど、どうやってあの和音引っ張り出してきてんだろか?生きてたら絶対聞きたかったなあ。
Sexy Sadie と I'm so tired のコードは同じように展開するけれど、最初にGからF#に行くところがなんとも気持ちいい。最高。なんじゃあの快感のクダリは。Sexy Sadieは、最後のジョージのギターがこの和音に絡むのだけれど、それがまたカッコいい。超快感。
でも、この和音、おそらく最初に始まったのはIf I fell かなあ…あの半音ずつさがっていくイントロ。あれで、あの美的なメロがどうやって出てくるんじゃ?常人じゃ不可能だって。聞いていると、滅茶苦茶きれいなイントロのメロだけど、きれいだからって、歌ってみると常人にはあまりに難しいメロ。絶対、音痴にしか歌えないのが普通。でも、ジョンが歌うと、あっさり決まる。
とんでもない展開やっておきながら、それでクラシックやプログレみたいな単なる難しい旋律になるわけでもなく、恐ろしく美しい「歌」になってしまう。いまさらだけれど、本当に参るって。
ビートルズの作曲家の3人は全員奇想天外なコード使ってたなあ。まあ、だからこそオリジナルだったんだろうけれど。ポールにしても、語るともう切りない。とにかく下手にギターなんていじってると、またはまっちゃうよなあ。
考えるとあまりに不思議なことなんだけれど、音になるとそれがあまりに快感なもんだから。
これだからやめられないってか…
今日は、ハードデイズナイトの1日になった。元気も出た。よかった。
でも、またもやあのイントロには衝撃を受けてしまった。あの和音、あの音響、残音感…凄いなあ。
なんで、あんなのが、速攻でできるんだろう。
なんといっても、ハードデイズナイトは有名な話で、ジョンが次の日のレコーディング用に一夜で書いてきた作品。ということは、1夜で書いてきたのを、残りのメンバー全員でいっせいに次の日に仕上げて録音しちまったということ。
もし、ギターを弾くならためしにあの「ジャーン」というコードをコピーしてみるといい。まず、最初からコピーできない人がほとんど。複雑なのだ。単なるSUS4の音ではあの和音にならないのだ。どうにも、参ってしまう。一発であの音が出てくるジョンレノンの頭の中は、どんな構造だったのだ???
抱きしめたいのリズムにしても、イントロからちゃんと歌いだせるひといますか?
まず、よほどしっかり練習して理解しないと、あのイントロの歌の出だしはできませんぜ。シンコペーションが何気なくはいっていて、リズムが狂ってしまうわけ。
シーラブスユーのエンディングが6THのコードをハモッテ終わるけれど、こんな非常識な終わり方でカッコいい、それもかなり難しい和音のコーラスを一発で決めるという技…
ビートルズはなんでもあっさりやってしまった。
だから「簡単だ」だの「下手だ」だの言われてきたけれど、おそらくそういっている連中ほど真似すらできない。あの技は、才能がないとまねすら出来ない技なのだ。
今はずいぶん減ったなあ…「ビートルズが下手だった」というご立派な評論は。
今回の聖火事件の流れは明らかに中国への意見が積もり積もった形で各国から噴出しているイメージがある。発端はチベットだけれど、どうもその背後には民主化されていない大国への不満も見て取れる気もするのだが。思い込みだろうか?
いいたいことも言い過ぎれば政治的な意見になるから感想だけにするけれど、やはりこうしてブログを平気で何でも書けるような環境というもの、言論の自由、信仰の自由、それに人権というものは尊い。これがなければ、夢も希望も語ることさえ空虚なものになる。
自分も一歩間違えて戦時中に生まれていれば、この環境がない世界で育っていたということ。大変なことだったろう。
オリンピックの頃になると、いつも頭の中でなる曲がAll You Need Is Loveなのだけれど、これも連想しているのは平和と愛と自由。あのジョンレノンのヒッピーで当時ぶっとんだ格好で世界中継されたわけだけれど、さぞや世界はあのヒッピー連中の画面に困惑しただろう。でも、表現の自由ということは、そういうこと。
ビートルズに出会わなかったら、おそらくは僕も意見も言わないことが美徳と信じる世界で生きてきたかもしれない。けれど、出会ったのが良かったのか悪かったのか…。ビートルズのおかげで、言論の自由を最大限利用して生きることの快感も覚えてしまったかな???
またか…
チャールトンへストンはアメリカを体言したような役者だった。
強さ、知性、頑固、正義、なにをとってもアメリカらしさが漂っていた。
ベンハーではどっれだけ感動をもらったことだろうか。あの映画は僕にとっては異次元の驚きだった。宗教というテーマが恐ろしく訴えかけてきた最初の作品だった。
語ると思い出してしまうなあ。
また僕の思い出が死んでしまった。
僕は本当に墓場の中に生きているのだろうか。
死ぬことっていったい何なんだ。生きることが終わるということは…
チャールトンへストンへ
ジョンとジョージ会ったなら、よろしくつたえてくださいね。
あなたたちがみんな去っていった世界は本当にさびしい、と。
今日は疲れた。別に何も特別なことはしなかったけれど、どうもカラダが思い。
I'm so tired がぴったり。
なので、感想もちょっとけだるくなるけれど、ジョンは本当にこんなけだるさを表現する曲は巧い。別に狙っているんじゃないだろうけれど、ジョンの感情は作品に凄い感性になって出てくる。
このI'm so tired もそうだけれど、I'm only sleepingやYer Bluesでも、ケダルサの雰囲気はジョンの世界に引き込まれる。
でも、ジョンはそんな感覚もアートにできるからカッコいいけれど、俺は単にダルさが重たいだけ。どうもこの差が時々重くのしかかる。俺はだるければそれで終わり。でもジョンは疲れていようがアートが出来る。
ま、こんな比較してもいまさらしかたないけど。なんたって世界の頂点を極めたお方と比較してもコチトラただの名もなき苦労人。いまさら始まったことじゃない。
今は、俺はジョンよりはるかに長い時間生きてしまったけれど、人生は長い分やはり疲れも出る。別に早く死にたいとも思わないけれど、生きるってことは確かに大変な局面も多い。ジョンはそんなときでも音楽やアートがあったし、それはポールも同じことをインタビューで言ってた。
俺もこんな歳になったわけだから、喜怒哀楽を乗り切るなにかをいつも持っていないとこれからは大変だな。でも、ビートルズの音楽で今までは相当乗り切れたんだから、彼らにはやはり感謝しないとならない。そう考えれば、俺にはそれがあっただけ幸福だったのかもしれない。
ジョンもジョージもいない。すでに会えない。
でもまだポールとリンゴには会えるかもしれない。
そんなことをふと考え出してしまった。
コンサートでは間近に観ることもできたし、生で歌も聴いた。幸福感。
でも、もしできるなら彼らが本当にいなくなっちまう前に会いたい。どうもそんな気が湧き上がってきてしまった。困ったものだ。
でも、人間すでに未来の時間が過去の時間よりも少なくなってくると(つまり自分のことだけれど)、なんとか最後の願いは叶えておきたくもなってくるのだろう。最近はつくづくそんな雰囲気だ。
もうすでに、金にも欲はないし、女を追いかける歳でもない。実際に金や名声があったとしても、おそらくほしいものもほとんどない。でも、願い事はいくつかある。かなえられるものなら、かなえたいこと。そのひとつがこの願いだ。
イエスキリストでも仏陀でも、すでに存在しない影に人々は祈るけれど、俺の場合は、もしかするとそれに匹敵する人がまだ存在していることになる。ジョンとジョージは考えると切ないからこういうときは考えない。でも、可能性があるならポールには会いたいなあ…
あって何を話すかって?
わからん。下手すると十字を切ったりするのかなあ?
大袈裟かなあ。でも、そうも言ってられない。なんたって、歴史上の音楽家、おそらくはモーツアルトやバッハと同等の存在に生きながらにして会えるわけだ。興奮して当然。
なにも大袈裟じゃないって。
でもまだポールとリンゴには会えるかもしれない。
そんなことをふと考え出してしまった。
コンサートでは間近に観ることもできたし、生で歌も聴いた。幸福感。
でも、もしできるなら彼らが本当にいなくなっちまう前に会いたい。どうもそんな気が湧き上がってきてしまった。困ったものだ。
でも、人間すでに未来の時間が過去の時間よりも少なくなってくると(つまり自分のことだけれど)、なんとか最後の願いは叶えておきたくもなってくるのだろう。最近はつくづくそんな雰囲気だ。
もうすでに、金にも欲はないし、女を追いかける歳でもない。実際に金や名声があったとしても、おそらくほしいものもほとんどない。でも、願い事はいくつかある。かなえられるものなら、かなえたいこと。そのひとつがこの願いだ。
イエスキリストでも仏陀でも、すでに存在しない影に人々は祈るけれど、俺の場合は、もしかするとそれに匹敵する人がまだ存在していることになる。ジョンとジョージは考えると切ないからこういうときは考えない。でも、可能性があるならポールには会いたいなあ…
あって何を話すかって?
わからん。下手すると十字を切ったりするのかなあ?
大袈裟かなあ。でも、そうも言ってられない。なんたって、歴史上の音楽家、おそらくはモーツアルトやバッハと同等の存在に生きながらにして会えるわけだ。興奮して当然。
なにも大袈裟じゃないって。
ギターで1人弾く曲ではブラックバードはやはり美しいなあ。
この曲は、最初は難しくて弾けないのだけれど、一度覚えると結構流れるように弾ける。
でも、このブラックバードも弾いていて本当に感心する。ポールの作曲能力は偉大じゃ、本当に。
ホワイトアルバムで聞いていた頃は、コピーする気も起きなかったのだが、ウィングスのアメリカツアーでビデオでこの曲を弾くポールを観て感激、何が何でもコピーしてやるという素人の思い込みでコピーを開始。なんとか完成形になるまでには、楽譜もない時代、ということもあって、3ヶ月いや、半年はかかったかもしれない。ああでもない、こうでもない、といじりまわしてなんとか到達。
でも、ちょっと待てって。
ポールはこれをインド旅行中にさらさら作ったんだって。
なんという才能。
なんという速さ。
とにかく、ビートルズの連中の作曲から録音までの時間はあまりに短い。それでいて、あれだけ完成させる。今はアレンジが入って、何度も録音して1ヶ月や2ヶ月の録音はザラだけれど、ビートルズは作曲したばかりの作品を次の日に数時間で録音なんてことが当たり前にやってた。
爆発的な天才、なのだ。





