ビートルズの影響で趣味から思考回路まで一変した著者が日々の出来事と彼らとの接点を綴ります。できるだけ様々なアングルで書きたいと思います。

矢沢永吉、ジョニー大倉、桑田啓介、タケカワユキヒデ(ゴダイゴのメンバー全員)、つんく、グレーのタクロウ、ルナシーのギター(名前は知らん)、ダイヤモンドユカイ、モンタヨシノリ、オフコースのメンバーの多く、井上陽水、藤田朋子、椎名リンゴ、竹内まりや、山崎まさよし、横尾忠則、中村雅俊、志村けん、松村雄策、渋谷陽一……、あげだすときりない。

これ、なんの共通項があるのかっていうと、全員、紛れもない熱狂的なビートルズファン。書き出したらこの10倍は軽く出てくる。日本の芸能人やアーチストでビートルズファンは限りなく多いし、隠れファンも相当いる。

しかし、こうやって書いてみると、どう考えても不思議だ。矢沢永吉となんか、誰が同じ感性を持っているのかとも思うほど。だけれど、全員ビートルズに感動の涙を流して成長した同じ感性を持った人たちだ。

同じ、というのはいいすぎかもしれないけれど、少なくとも逆にビートルズにはこれだけの幅ひろさがあるということ、音楽の全て、人生の全て、そして感性の全てがあるということなんだろう。じゃなければ、これだけバラバラな個性に支持されえるアーチストなんて存在しない。

ストーンズのコンサートに行くと本当にストーンズファンの雰囲気はよくわかる。もちろん、自分もそのときはストーンズファンらしくなっているのだろう。でも、ビートルズのファンはわからないことが多い。隠れてることだってある。突然、目の前の全く違う個性の奴がジョンレノンが好きだとか話し始めたりする。これって、どれだけ経験したことだろう。数え切れない。

でも、楽しい。

これだけ違った個性でも、年齢層でも、なぜかビートルズの話は共通語になる。それを話すとそれだけで友達になった気すらするときがある。だから、ビートルズファンというのを知ると変に親近感を覚えてしまったりもする。矢沢やジョニー大倉なんて、最初はダメ。冗談じゃなかったけど、話を聞いていると、「俺と同じ青春じゃん」という感じまでして、いまや俺も変な意味で応援団。がんばれ。

全く同じではないだろうけれど、なんとなくでも、少しでも同じ熱いものを感じて育った奴らの気持ちが今はよくわかる。みんな「同じ理由」で人生変わったんだから。

でも、今でもちょっとダメなのが、財津和夫。彼だけはどうも曲が好きになれん。チューリップのほかのメンバーは全員ビートルズファンでもOKなんだけれど、財津だけは何故かアレルギー。これは説明しようがないなあ。

でも、矢沢永吉の応援団(?)なのも説明できないか???



どうも最近は愛犬との時間が増えた。昨年は愛犬とも遊んでられないくらい忙しかったけれど、今は2頭の愛犬の散歩やボール遊びに付き合うのが本当に楽しい。昨年はこんな精神的な余裕がなかったのもだ。今思うと、馬鹿らしい時間を過ごした。

でも、俺も犬好きでどうも困った。犬があの可愛い目で近寄ってくると相手でもしてやらないと悪い気持ちになって時間がどんどん過ぎていく。仕事もしないとなあ…。


ポールが犬好きだったのは知っている。なんたってマーサマイデアだから。
でも、他の3人は犬でもネコでもペットは飼っていたことはあったのだろうか。あまり知らないなあ。ジョンもジョージも犬には縁がなさそうだし、あるとすればリンゴかなあ?


実は、俺の愛犬の名前はリンゴ。
そのリンゴといるとき、サージェントペパーを聞いていた。

で、なんのことなく、アルバムも終了。すると、リンゴはあのおかしなシャベリの録音のあたりでスピーカーに近寄っていって顔を近づけていた。不思議そうに。最初は「ないやってんじゃ?」ってな感じで見ていたけれど、すぐ思い出した。

サージェントペパーの最後には、犬にしか聞こえない高周波数の音が録音されているのだ。
俺にはなにも聞こえなくとも、リンゴは何か聞こえたってことなんだろう。

俺のリンゴもサージェントペパーには過敏に反応したのだ。
愛犬リンゴにもアートがわかるのか?まあ、飼い主に似る、とはいうけれど…??



最近はちょっと気が散るためかビートルズを流して仕事はしない。ビートルズを聴き流すのはちょっと難しい。気をとられて仕事どころじゃないし、むしろ、聞き流すなんてのは彼らの作品に対して失礼だからやらない。

なので、すきなジャズピアニストのビルエバンスがちょっと多いか?

よくジャズでは言われることだけれど、白人がジャズを演奏するのは黒人のものとは根本的に異なるということ。黒人の音楽であるジャズを白人には理解できない、という根底の思想のようなものがある。でも、ビルエバンス程度になるとその思想を覆しても傑出した作品を残しているので、そんな概念は関係ないところで音楽が燃焼している。

もちろんそれでもやはり黒人のジャズが最高、という輩もいるだろうけれど、白人でも魂がわかることもちゃんとある、ということだろう。

でも、これってジャズに限ったこどじゃない。
エリッククラプトンは白人でブルースやって認められるレベルになったし、ストーンズも最初は黒人の真似のようなアメリカでは言われてたし、変な例を挙げると、最近は日本を日本人よりよく知る外国人にしばしばよく出会う。「神道、和、静寂、食、文学、アート、武士道…」など日本を語らせたらおそらくはほとんどの日本人が負けそうなくらい日本を理解しているアメリカ人やらイギリス人やらアフリカ系の人やら、そしてここニュージーランドでも結構そんな人もいる。

もちろんオリジナルとしての文化はオリジナルを生んだ民族の誇りだろう。だからそんな「他の奴らにゃわからん」的な偏見はなくならない。

ビートルズは最初は、エルビスやらチャックベリーの真似といわれていた。もちろん、まねしてただろう。好きだったんだから。カバー作品も多いし、当然。でも、彼らはその批判は次第になくなっていってしまった。あまりにオリジナルな音楽だったからだろう。むしろ彼らがコピーしていた音楽を超えてしまったのだろうか。そんな評価さえ現れてしまったのがビートルズだった。

ロックンロールは黒人の音楽だったし、もちろん白人の4人が真似しただけだろうけれど、あの4人は自分だけのロックンロールを作ってしまった。というより、最初からオリジナルだったんだろうか。だって、Twist and shout や Long Tall Sallyなんてオリジナルどころの騒ぎじゃない。完全にビートルズが超えていた。ビートルズの作品じゃないかってさえ思ってたし、あとでオリジナル聞いても全然エキサイトしなかった。

ビートルズは存在自体がオリジナルだったのだ。じゃなければあんな奇跡は起きなかったのだ。



実は俺は鼻が低い。なんという告白じゃ。
でも、それが結構なコンプレックスで長い間苦しめられた。最近はすでにそれも悟りを得て、それだけが全てじゃない、とまで思えるように成長した。凄いことだ。自分で自分を褒めてあげたい、というのはこんなときに使うせりふだって(?)。

一番、鼻で憧れたのはなんといってもジョンレノン。
あの鷲鼻、好き嫌いはあるだろうけれど、俺はあの鼻が羨ましくてしかたなかった。鋭く、クールで知的、それでいて芸術的じゃないかって。もしジョンが(考えられんけれど)鼻がブッつぶれてたら、あんなにもカリスマにはならなかっただろうって。アーチストにとって、特にロックミュージシャンにとっては鼻は立派なモニュメントなのだ。鼻がつぶれたロックミュージシャンなんて、はっきり言って、ダセイぜ。

だから俺はロックミュージシャンをあきらめ、好きなピアノを弾くときもジャズをひくことにした。ジャズなら、容姿は後付でいい。と、勝手に解釈している。

ジョンの鼻、声、会話、目、メガネ、髪型、スタイル…あのシェイプ、あのフォルムを超えるアーチストはもう不世出なのではあるまいか。才能と形があれだけ合致したのは、すでにそれ自体がアートでありオブジェのようなものだって。


せめて、対向できるのは、Let it beのジャケットのポールの髭。
ホワイトアルバムに付録で付いていたジョージの正面の顔写真。

これも正にロックの肖像だった。これも憧れまくった。でも、遠かった。


一応、リンゴスターについて言えば、あの鼻はちょっとでかすぎるかなあ。
でも、リンゴはスティックもってドラムに座るとなぜか神々しくなる。あれもビートルズマジックだろうな。

俺は、いったいどんな風景が自分にあってるんだろう?
下手すると、PC前にパジャマ姿で片手にカップヌードル、なんてのが俺???
つらいなあ…




寒さの中、日本からニュージーランドに到着すると摂氏30度の天気が待っていた。
なんとも、リゾート気分になった。こうなると、頭はハワイあたりにワープしてパラダイス感覚になる。頭が煮詰まった状態となると、もう身体も動き出してどうも心身ともに祭りの様相を呈して来てしまった。

なので、少し時間をおいて今度はハワイにいくことにした。しばらくハワイにも行っていないけれど、やはり俺にとってはハワイは(カッコつけて言えば)第2か第3の故郷かな??
なぜかあのトロピカルさには身体もトロケル。杉山清貴(古い名前だ)がハワイファンだけれど、彼は実はジョージハリスンノの大ファンでもアル。

で、そのジョージはハワイのとりこになって、マウイ島に別荘まで買い込んでいた。マウイ島で死のうとして旅の途中、LAで死去したのも少しは有名な話。

ということは、ジョージ系の人間はハワイファンなのだろうか?
ということは、俺もジョージ系なのだろうか?

実は、俺はジョージと同じうお座のA型だ(関係ないか)。

でも、実はジョージが時々インタビューで語ったことを読み返してみたりすると、割と不思議にジョージになにか共通のものも感じることもあったりしたのだ。第3の男、ジョージ。もしかすると俺自身も様々な局面で第3の存在だったこともおおいような気もする。いつも第一でいるのは、じつは相当しんどい。ジョンはしんどかったろうなあ。で、第2でいるのもそう簡単ではない。なぜなら、いつも第一を探さないとならないから。でも、第3ならテキトーにアウトロー風に生きていると割りと簡単に役回りもできたりする。

ちょっとトップを走るにゃ疲れるし、かといって第一に張り合うのも面倒、だから第3なら自分の好きなことに流されていてもそう悪くもない。

ジョージがそうだったかどうかは知らないけれど、俺はまちがいなく第3の立場を採っていたことがある。もしかすると、そんなときが一番多かったかなあ。だから日本という国までアウトローになったのだろうか???



さて、長い滞在だったけれど、明日はまた出発。

しばらく日本もさよならだ。

今回は久しぶりの故郷だったから、どうも昔の思い出ばかりに支配されてしまった。歳かな。

でも、不思議思い出すんだよな、この部屋で初めて「抱きしめたい」を聞いた、とか、このベッドに寝ながらラジオから流れてきて初めて聞いたオールマイラビングに感動したとか、このコーヒーカップでコーヒー飲みながら初めてヘイジュード聞いたとか。

不思議だなあ、本当に鮮明に全部思い出せる。それほどまでに初めて接した音楽が衝撃的だったんだろうな。

故郷の実家には、今もそのときのビートルズがいるわけだ。


今日はちょっとお礼をいいたくなりました。

このブログをお読みいただいている皆さん、いつもありがとうございます。
今日、かつて書いたものを読み返していましたが、どうも自分の勝手な話に本当に温かくもうれしいコメントなどを書いていただいており、心から感謝します。

どうしても時間がない中で書いているので誤字もあれば、支離滅裂な文章もありますが、よく読解していただいてコメントもいただいており、ご苦労もおおいことと思います。

私自身、好きなことを書き綴っていますので、ファンの方でも少しビートルズに興味のある方でもお読みいただいているのは至上の喜びです。こんなアホにお付き合いいただき恐縮です。

正直、書き始めたころはあまり読んでいただける方もいないだろうと思っていました。もっと言えば、これはあくまで自分の成長の日記のようなもので書いていればいいとも思っていましたので、誰もお読みいただかなくとも自分の満足として十分とも考えていました。

でも、少なくとも何人かの方には時々お立ち寄りいただけていると思うと、書いているほうもやはり勝手な話ばかりでちょっと申し訳なくなってきたりもします。

おそらくは多かれ少なかれビートルズファンの方にお読みいただいているのでしょう。なので、もしこのブログでお読みの方の心にある感想と少しでも接点があるならやはり本当にうれしいことです。

かつて、(下手ですが)英語でビートルズのブログを書いていました。今はやめていますが。そのころ、アメリカの出版関係の方からビートルズに関して文章を書いてほしい、という依頼が来て、本当にネット時代のすごさも知りました。同時に、実際に2冊の英語の!本で自分の稚拙な英文でファンとしての文章が紹介されたときはめちゃくちゃうれしかった思い出があります。

読んでくれる人がいるということは、やはり日記であってもうれしいことですね。

もっと言うと、かつてポールにファンレターを書きました。自分の成長でどれだけ影響を受けたか、それに、ジョンともしポールがまた競演できるなら、それはコンサートでもなんでもなく、小さな部屋で一緒に歌うほうがうれしいんでしょうね、ってなことを書いて感謝を伝えたのですが、なんと、返事が来ました。「ありがとう」という言葉とともに、ポールのサイン入りで彼の本も送られてきました。

読んでくれたのです。極度の喜びでした。

でも、読んでくれるということと同時に思ったのは、正直であること、そしてそれを真摯に伝えることは何よりも尊いことだとも思いました。でなければ、返事も来なかったでしょう。でなければ、喜んでくれなかったでしょう。

これからも、勝手気ままな文章を書き綴っていきますが、ここに書くことは本心であり自分の真実なのです。それをお読みいただけることに改めて感謝します。

ありがとうございます。

ではまた、このネット上で会いましょう。


ジョージのダークホースを久しぶりに聞き流していた。
あのころは、ジョージはアメリカツアーしてたころだった。

アメリカツアーのニュースを聞いたのは中学校に通っていたころだったろうか。そのころは、アメリカでコンサートなんて聞いても遠い宇宙の出来事のように疎遠な世界だった。
今はどんなアーチストでも来日するし、もし来ないなら結構海外でも見に行ける。
中学のころはコンサートをいずれ見れるなんて考えもしなかったし、もっといえば、一生ビートルズのメンバーがビートルズの作品を演奏するなんていうことも考えられなかった。レコードで楽しむのが唯一残った方法。

1989年からビートルズのメンバーが相次いで来日したとき、あの雰囲気はちょっと異常だった。やはりポールのときが盛り上がりはすごかったかな。ロッキングオンの渋谷陽一も書いていたけれど、ゴールデンスランバーのイントロ聞いてめまいがするような感動を覚えた、という話も本当にそんな不可能を体験できたビートルズ世代の喜びだった。

アビーロードメドレーだもんなあ。絶対にコンサートなんかじゃありえないと思ってたのが聞けたんだからな。


ジョージが来たときに、出だしの I want to tell you では強烈にうれしさのようなものがこみ上げてきて、ジョージの姿に感激したものだし。やはりビートルズはずっと遠い存在だったのだ。見る、なんてことは考えもしなかったのだから。

ジョージのダークホースは実は結構好きだった。ジョージはこのころから、Extra Textureあたりまでが実は一番好きで、もしかすると All things must pass よりもよほど何度も聞いて育った思い出すらある。

ジョージのコンサートでは、ダークホースも演奏したけれど、Allt things must pass そのものは演奏しなかった。でも、コンサートフォージョージでポールが演奏していたな。この作品はビートルズ時代に作られたようだから、ポールも当時は一緒に何度か演奏していたのかもしれない。ポールにとっては、ジョージのこの作品を生前に聞きたかったのだろうか。

ポールの歌ったアビーロードメドレーとジョージのダークホースは、今も期せずして起きた目の前の出来事に歓喜した自分をやはり思い出してしまう。

しかし、本当にジョージは、ジョージ自身がダークホースだった。ビートルズのダークホースだったように思うのだ。



先日、老齢の親父が入院した。でも幸運にもなんとか10日程度で退院できた。
子供のころは、大嫌いな親父で顔も見たくなかったものだ。でも、人生の晩年ともなると、なにかしら役にたってやろうとは思うものだから不思議だ。

親とはまったく別の人生を選んだから、いまさら親と話しても自分の仕事すら説明してもわかってもらえない。だから、親のほうも今はそんな質問すらしなくなった。とにかく、ダメな子供でも何とか生きていけそうだとはおもったのだろう。まあ、時間は流れたということか。


少なくとも、5年や10年前ならビートルズの話をしていても、まだまだ自分の好きな曲だとか音楽のすごさなどで盛り上がっていたけれど、ジョンもジョージもいない今は、あまりビートルズの好きな友達とも「ライブ」な感覚で話もしなくなったかもしれない。

なにか、もっと深いというか、自分の中にあるビートルズを話すことは多くなったかもしれない。それも時の流れだろう。ビートルズに驚きや興味はいまでも新鮮なまま消えないけれど、それを表現する自分は変わってきたのかもしれない。

考えてみると、自分の変遷を一番わかりやすく思い出す方法は、ビートルズとどんな風に付き合ってきたか、を思い出せばいいのかもしれないな。そのくらい自分の変化にあわせてジョンの言葉もポールの音も受け方が変わってきたのだろうから。

昔が考えもしなかったけれど、ジョンは若くして母親をなくし父親は家出状態だった。ポールも若くして母親が他界した。なにかに書いてあったけれど、彼らが共通の心をもったかなり大きな理由はこの家庭環境だったらしい。音楽は才能で結ばれても、性格は相当違ったはずだ。でも、彼らは親友として心を共有した。勝手な外野は、ジョンはすごいけどポールは軽い、だとかジョンは変態だとかうるさいけれど、外野にはわからない彼らだけの心は間違いなく子供のころからの境遇が育てていた。

自分は時の流れとともに父親との関係は少し修復した。修復できた、というべきか。それは当然だけれど、子供のころなんだかんだ言って同じ時間と生活を共有したときに生まれた共通の心が残っていたからだろう。

ポールがジョンが死んでから言っていたけれど、ポールはジョンが死ぬ前に友情を戻せておいてよかった、と何度も話している。きっと、ジョンとポールは俺が今回感じた親との関係修復のようななにか当事者にしかわからない複雑でも尊い関係をつねに持っていたのだろう。解散と口論で分かれた彼らは、死ぬまで絶対に他人には理解できない、計り知れない純粋な心を共有していたのだろう。

ジョンが一度言っていた。「俺がポールの悪口言うのはいい。兄弟だから。でも(記者にむかって)お前らがそれをいうのは許さん」

今回、親父の介護をしていて、こんなジョンとポールの関係を勝手だけれど思い出した。
また未来にはさらに違ったビートルズとの接点を俺は見つけているのだろう。


今回は長い間の滞在で和食も堪能したし、結構楽しめたかな。

どうも年をとったのだろうけれど、近所の人に久しぶりにあうと、相手もこちらを覚えていないようだったりで。でも思い出してくれると結構うれしかったりする。小さな町なので、みんな回りは顔見知りだからなあ。

でも、俺としてもこの町ではどちらかといえば悪ガキで通ってたし、嫌われていた面だって相当あるだろうに。年月とともに、みんな勝手に美しい思い出になっていく。大河が濁流の水を清めるように、時の流れも人の心を洗っていく。

ジョンかポールが作った(ジョンとポールがそれぞれ自分が書いたといっている曲)In My Lifeなんぞも、幼き思い出の町を思い出した曲だけれど、あの老成した感覚はなぜ20台前半の連中に宿っていたのだろう。若いころはむしろ思い出の町よりも、未来の大都会を夢見ることのほうが多い。

でも、考えてみれば連中はすでに20代前半にして、50歳の大人も経験していないような世界を見尽くしてしまったのだ。そうなると、回帰する魂は自然と生まれてくるのかもしれない。ストロベリーフィールズにしてもペニーレーンにしても、そんな彼らの早熟な経過が作らせた作品なのだろう。でなければ、あの雰囲気はそれこそ若造には出せない。でも、いまそれらの作品を聞いていても若造の作品とは思えない達観した深さまである。

今日、自分が近所のおばさんに出会って思ったことは、彼らがすでに20代で育った感受性の一面でしかないのか。そうなると、俺は40代後半にして彼らの経験値に少しちかずいたってことか?なんたる時間差、なんという格差。

格差社会は問題なのはわかるけれど、才能がもたらす熟度の格差も恐ろしいものがある。俺はいいよ、平均値だから。でも連中がジェット機のような速度で走り抜けた時間は、ほかの誰にも理解できないことだったのだろう。孤独感すらあったろうな。

20年くらいまえだろうか、一度、テレビでリバプールに行ってパブの取材をしていたところ、ジョンレノンと小学校時代同級生という男が出てきてしゃべっていた。見たらもうヨボヨボの顔したおっさん。下手するとおじいさんにすら見える風貌。こういっては悪いが、ビートルズはジェット機の速度で移動したけれど、そのおっさんはせいぜいリバプールでウサギとカメのような競争社会にいた程度だったろうに。超音速で動いていた連中は若いままでいて、動かないと急速に老いるのもよくある話。

ということは成長にはアインシュタインの相対性理論は正しいってことか。早く動いていれば時を越えていくってことか??

いまからでもがんばろう。

数日前、マイルスデイビスの番組をNHKでやってた。
「変化しないことはアートではない」というマイルスの言葉はすごかった。さすが、だな。あれだけジャズを拡大させたのはおそらくマイルスだけだったろうし、マイルスの前ではほかのジャズミュージシャンはジャズの音楽家であってもアーチストという言葉までは及ばない。そのくらいマイルスの才能はジャズ界では威光を放っていた。

変わり続けないと…というのは、まさに同感。
いかに変わり続けることが大変なことか。ひとつのことをやり続けることは職人だからそれでいい。しかし、変わり続けるには湧き上がる才能がない限りアーチストでいることはできない。

演歌だけ歌っている職人やストーンズのような同じことを再生産しているミュージシャンもいるけれど、それは栄誉の職人だ。それでいい。

しかし、アーチストに生まれた人間は変わり続けることを天命としその宿命に従わなければならない。でなければ本人が窒息してしまうだろう。

ビートルズは、ジャズのマイルスの言葉を体現したアーチストだった。
変化の速度はあまりに速かった。武道館公演のあのアイドルの顔の下には、すでにリボルバーを録音してきた別の顔があったことなど観客の誰が気づいただろうか。おそらくは自分が幸運にもそこにいたとしても気づくわけもなかったろう。

ビートルズの前にいた世界の聴衆は、ビートルズに「自分のビートルズ」を求め続けた。でもビートルズはそれだけではいられなかった。アーチストだから。変化しなければ彼らは本当に窒息するか爆発するしかなかっただろう。

ジョンレノンがもし生きていたら、おそらく彼はまだまだ変化を続けていたような気もする。彼の宿命だから。そして、ポールは程度こそ違うけれど今でも変化を続けている。1作ごとの変化はあの年になっても変わっていない。それが大衆に支持されるかどうかではない。彼は事実として変わり続けている。

アーチストの天命、宿命というのも凡人にはわかりえない世界なのだ。終わりなき変化、死ぬまで続く創造の時間…。それは同じペースで走り続けるマラソンよりもエネルギーがいることのような気もする。しかし、アーチストはそのエネルギーを持っているからアーチストなのだろう。大変なことと思うのは凡人。彼らは変化をやめるほうが自己欺瞞となるのだから。



正月、故郷で過ごしている。寒い、北国は本当に寒い。

しかし、寒さももしかするとエネルギーなのかもしれない。寒いと内にこもるから、そこから脱出しようとする力もわいてくる。わかないこともあるけれど、若いときはとくにそう感じるものだ。だから過疎になるのか?

まあいい。

かつてハワイに住んでいたことがあるけれど、あの常夏で能天気でパラダイスな場所ではおそらく繊細なアートは生まれないだろうな。ビートルズはハワイでも人気はあるけれど、どう考えてもあの味は夏の味じゃない。秋や、春、下手すると冬のイメージのほうが強い。リバプール自体、相当寒いからどうしても日本と似ている感覚になるのだろう。日本人に通じるのはそのためかな?

ビートルズはエネルギーもあるけれど、どこかに哀愁や郷愁も漂う。どれだけ過激な作品であっても、それは季節感で言えば常夏の雰囲気はありえない。むしろ、エネルギーの中にすら淡い美しさも漂う。一言でいえば、作品にすべての要素が詰まっている。人間の生活で誰もが感じるようなそべてが見えては時に隠れてしまう。だからどんな気分であっても彼らの作品は邪魔にならない。

彼らは高等教育は受けてはいないけれど、恐ろしく鋭い知性がある。それは馬鹿馬鹿しい偏差値のようなものじゃない。人間の奥深く眠る生に対する洞察のような感覚が彼らには備わっているのだろう。一流大学卒とやらの講義には感動できなくとも、彼らの世界観や知の世界には恐ろしく鋭い分析が見え隠れする。それは学によりなされるものでもない。才能なのだ。生まれ持った知の才能。オーラとはそんなものなのだろう。

日本では相変わらず体裁ばかり気にする人が多い。テレビを見ていてもどこの大学卒だからとか、親はどうだから、家はどうだから、というコメントがどれだけ多いことか。だったら、ビートルズの親類は「あのビートルズの血を引き継ぐ」なんてコメントされるのだろう。どうでもいい。
観点が違っていてどうしようもない。学歴や血統を気にするといことは、それだけ見る側に潜在力を見る力もない凡人であるということでしかない。

ビートルズはなんの背景も学歴もなく成功したけれど、それを見抜いたのは同じような才能をもつジョージマーチンでしかなかった。ほかのオーディションでは落ち続けた。でも、落としたほうはただの凡人でしかなかったわけだ。

多くの人にとっては、たいていの人にとっては一流大学を出て名の通った会社に勤めていることが名誉のように感じるのだろう。それがマジョリティの凡人の尺度。それは今後も変わらないのだろう。特に日本のような体裁でしか尺度をもたない国はしばらく変わりようもない。

でも、北野武が映画監督として世界に出て行くことを20年前あのツービートを見て誰が想像したのだろう。北野武を才人として受け入れたのは、イタリアやフランスのアーチストだった。残念ながら、日本ではそれから北野武を見る目が変わった。日本人のは彼を笑いの天才とは見れても、アーチストとしては見れなかった。今は違うけれど、それは海外で認められたことを単に受け入れただけ。

才能を知ることは人間の本質を見ているような感覚すらある。
それを教育されていないとうことは、社会にその尺度が必要とされていないということだ。しかし、本当に社会を変えることができるのは、人間の本質の力であって平均的優等生ができることではない。

ビートルズは世界を変えた。それは彼らの本質である人間の知や才能が普遍性をもって衝撃を与えたからだろうし、彼らが紹介されるときに学歴や血統はなにもなかった。単なる平民の経歴しかない彼らは異端児として受け入れられたが、今は、彼らは不世出の才能として学歴あるお偉いさんよりも有名になってしまった。

かつてクリントン大統領がビートルズの大ファンでありサージェントペパーこそ最高傑作、といったのは痛快だったな。

昨日はポールのニュースでちょっとダウン。
でも、とにかく祈るしかないなあ。

ちょっとビートルズの古いアナログ盤を聞いていた。古いジャケットを見ていてしばし考え込んでしまった。俺も年かなあ?

彼らのデビューアルバムからサージェントまではわずか5年。まあ、すごいことだ。あのサージェントペパーがジョンが27歳のとき。ポールは25歳。ジョージは24歳だった。

She loves you や抱きしめたいみたいな初期の作品も聞いて、久しぶりだけど、やっぱりすごいなあという感想に至った。20歳過ぎたばかりの連中が、それも音楽の教育もなにもない連中が、なんであんなに複雑なコードやリズム使いきってたんだろう。ビートルズの作品は、みんな簡単でシンプルだというけれど、一度でもギターやピアノでコピーでもしたなら、おそらくとんでもなく複雑で難しいことがわかる。できないのだ。あの発想についていけない。

耳にはあまりに快適に響くけれど、実際に真似などとてもできない。

ギターのコードひとつでも普通の連中じゃ聞こえない音までがからんで「あの味」をかもし出している。わざわざ複雑な音響にしなくても、簡単にできるのだけれど、それは天才には物足りない音なんだろうし、そんな簡単な音は彼らの頭には響いていないということ。最初から、あの味まで作曲してしまっているわけだ。

イエスタデイが22歳の作品か?なんじゃあの和音とアイディアは。
ミッシェルが23歳の和音か?あの響きはなんじゃって。
If I fell のコードはなにを考えてんだって?あのコーラスはなんであんなに美しいのじゃ。
Tomorrow never knows が25歳の音世界かって。なんなのだあの達観した世界は。

ポールがいってたけれど、ミッシェルのレコーディングなんて数時間で終わりだったらしいし、ガールなんてジョンが一度歌ってその場でジョージがギターのメロ決めて、コーラスその場でつけて終わりだったらしい。そのころまではほとんどが、その場で完成するのが録音だったらしいし、今みたいに何度も何時間もかけるのはタブーだったようだし。

最初は、彼らもすごい作曲できるんだと感心したけれど、もう今ではそんなことも思わない。
要するに、彼らはそれが「彼らのあまたの中でなっている音だった」ということなのだろう。もがいてもがいて探し当てた音じゃなくて、それが「彼らが聞いていた音、彼らの音」だったということ。

最初から聞こえない音を探しているわけじゃなくて、単に鼻歌のときにすでに聞こえている音だったのだろう。天才の音なのだ。それが彼らの味であって、天才の味付けだったわけだ。

彼らの演奏テクニックだけ見ればコピーできるミュージシャンはもちろんいるだろう。決してビートルズは下手じゃなかったけれど、超卓越していたわけでもない。でも、あの味は出ない。出せない。聞こえない。ほかのミュージシャンの頭には響いていない音なのだ。彼らがリバプールで生まれ育ち遊ぶ中ですでに血液のように体の中に流れていた味であって、音世界なのだろう。

コード展開が奇抜、アイディアが芸術的、既成概念を壊した、そんなことは語りつくされたし、自分も相当議論した。

でも、彼らは議論もせずにただ「やった」だけ。考えてあのコード展開を生み出したんじゃないし、もがいて芸術を作ったわけじゃない。ただ、自分の中の味を音にしただけ。

彼らの音は世界の誰の体の中にも存在しなかった。だけれども、彼らの血液のような音の洪水は世界の人間を幸せにする力があった。そして、世界の人たちはその音を喜びを持って受け入れた。けれど、彼らは単に自分の音をはきだしただけだった。

今では、ほかの誰も彼らの音を再現できないことは知っている。それが天才の音だったということもわかったのだろう。あまりに快適だからみんながあんな音を作りたがったけれど、いままで誰もできなかったんだから。

本当に神が選んだ人たちなのかもしれないなあ。




新年早々、あまりいいニュースじゃないなあ。
心臓の血管だろうけれど、今年は歌えないかなあ…

がんばってくれポール!


 【ロンドン2日共同】2日付の英大衆紙サンは、ビートルズの元メンバー、ポール・マッカートニーさん(65)が昨年秋、冠状動脈を拡張する手術を極秘に受けたと報じた。術後の経過は非常に良好という。

 同紙によると、マッカートニーさんが体調不良を訴え、ロンドンの専門医を受診。検査の結果、この血管形成術を行うことが決まった。

 マッカートニーさんの広報担当者は同紙に「ごく普通の手術」と強調した。

もう彼らが解散して38年か…

凄い年月が流れたことになる。もう、1970年に生まれた人も、中年だ。でも、ビートルズは未だに「夢、若さ、エネルギー、才能」などの象徴のままだ。

なんなのだ、この生命力は???

ビートルズは本当に不思議な存在だ。もちろん天才だけれど、それ以上に、なにかいつまでも消えていかない姿、イメージ、力…。

初期の映像を見れば、今でも胸踊る若さと夢とエネルギーをくれる。
アビ-ロードを聞けば、今でも湧き上がる才能を体験できる。
それは、この38年間、なにもかわっていない。
凄い、凄すぎるのだ。

もう2人のメンバーはいない。死して姿もない。
残りの2人は60代も後半にさしかかった。

でも、いまだ彼らの作品には変わらない生命力がある。ジョンとジョージが死んだなんて、未だに信じられない。彼らの歌声とギターは、今でも胸を熱くする。

人は死して名を残す、それは事実だけれど、彼らは死しても「エネルギー、夢、力、若さ」そのすべてを残したままだ。名前だけじゃない。僕には今でも生きる理由を与えてくれる。生きる力と夢を見せてくれる。

彼らの音楽がこの世に残る限り、彼らの名前以上にきっとそんな1960年代の姿そのものも残り続けるのだろう。いや、もしかして(ありえないけれど)名前が忘れ去られても、彼らの作品が残る限り、彼らは次世代にもおおきな夢と力を与えつづけるのだろう。

彼らの存在だけで、どれだけ僕は力をもらってきたのだろう。

2008年、また同じように流れ行けども、彼らの影は消えることなく僕を覆いつづけるのだろう。
ビートルズは消えない…やはり、消えないのだ。