今日もポールの話。ずっと昔、もう20年以上まえだろうか、Once upon a long agoを聞いてポールも少し年をとったのかなあ?と思ったことを記憶している。でもこの曲、いまYouTubeで聞きなおしてみたら凄い感動してしまった。
素晴らしいメロディとコーラスと乱れぬハーモニー。ポールのメロディメーカーの要素がすべて詰まったような名曲に思えてしまった。なぜ、いまのいままでこんな名作を聞き逃してきたのか。
ポールには、やはり多くを期待してしまっていたのだろう。ビートルズの緊張感と作品のクオリティ、そしてバンドとしての躍動感はいまさらだけれど再現は出来るもんじゃない。もちろん、当時最初にこの曲を聴いたときもそれは知っていたはず。なのに、やはり当時はビートルズの「何か」をもとめてしまっていたのだろうか。
今、ポールの作品のクオリティはやはり恐ろしく高度であって才能の結晶のようなものばかりであることも気が付く。そして、なぜこの曲にそれを今、理解できて、当時はわからなかったのだろうか。
自分なりに答えたいのは、当時はポール以外に「ジョン、ジョージ、リンゴのすべての要素」を1曲に求めていたんだろうと思う。それもポールにだけ、それを期待していたような気さえする。なぜなら、ポールこそがビートルズの「音楽の質」を維持できると期待していたからだろうか。でも、もうジョンもジョージもいない。だから、その期待はない。そんな今、このワンス・アポン・ア・ロング。アゴーを聞くと、純粋にポールの作品として、名作であり、恐ろしく高度な感性を持った作品であることがやはりわかるのだろう。
ポールは、ジョンやジョージ以上に、自分にとってはビートルズを再現してほしかった存在だったのだ。それはもしかしたら、自分だけでなくおおくのビートルズファンがそうだったかもしれない。そうだとしたら、ポールこそ最もビートルズの幻影と戦い続けてきたのだろう。
そんなポールに、最近は愛しささえ感じてしまう。
前回はポールのHere Todayの話を書いたけれど、自分自身にもそれは当てはまる経験がある。肉親を失ったときもそうだけれど、実は、ポールとは比べ物にならないけれど、ジョンが他界してしばらくはジョンの歌声を聞くたびにかなりダウンした。
ジョン(もちろんビートルズ)の影響で人生も変わったし、ジョンの奇抜でありながらも自由奔放に生きる姿に「なんとか生きていけるものなのだ」という解釈もして、それからの生き方も相当自由勝手になった。
その先生がいなくなってしまったわけだ。あるとき車を運転していて、ラジオからWomanが流れてきた。最後のアルバムの曲だったし、名曲だからかもしれないけれど、運転中涙が止まらなくなった。なんでこの人がもういないんだ?という喪失感、それにもしかすると過去の大きな遺産を失ったことへの絶望感、そしてやはりもういないという事実への寂しさ。
ポールが歌いながらジョンを思い出したのは親友であればこそ当然だったろう。でも、ただのファンでしかない自分ですら、こんな経験があるわけだ。中学生くらいからずっと一緒に音楽やって、世界の頂点に立って、そして先にいなくなっていく人生のはかなさを、30代にしてポールは体験し、それを背負いながらすでに60代の半ばを過ぎたわけだから、その半生を思えば、歌に隠れた気持ちは想像するに難しいことでもない。
ポールには長生きしてほしい。そう思った。彼は天才であるし、その天才を理解したのはジョンだけだったのも事実。天才には天才しか相手はいない。残された天才としてその切なさは厳しい孤独感とともにあるのだろう。その葛藤を超えて、今活動するポールが輝いている。
ビートルズは奇跡だった。もう起こらない事件だった。ジョンとポールが一緒に生きることはもうない。それはファンとしても絶望的なことだ。だけれども、ポールの輝きはジョンがポールの心に宿る限り続くのだろうと思う。
ポール、長生きして音楽を作り続けてほしい。それがジョンと生きた彼だけができる自分への癒しのような気がする。
今、YoutubeでポールがLAでシークレットコンサートをやった場面が見れる。ここから是非見て
ジョンを唄ったHere todayをやってるんだけれど、1分30秒過ぎころからポールが涙で歌えなくなる。ポール、ジョンを思い出したんだろうな。
見てて、泣けたよ。親友だった彼とも会えない寂しさ。
ポール、いままでがんばってきたんだろうな。ビートルズの影を背負って、ジョンもジョージもいない中で。
本当に見てて心が痛くなったし、ポールがやはりどれだけジョンと仲良かったか、わかった。いいビデオだった。
自分自身、ビートルズは当然好きだし、影響は大きい。だからおそらく自分もビートルマニアなのだろう。ただ、よくビートルズの場合はマニアがあまり評価?されない。なぜだろう。
とにかく、はまってしまってしばらく、または永遠に抜け出せなくなる連中が多すぎるからだろう。だらか、ビートルズばかり追い続けているとどうも典型的にビートルズしかしらない、ような印象を持たれてしまうのも事実かな。
多少弁明すると、ビートルズはそういうバンドなのだと思う。音楽のすべてがあり、感性の底をくすぐり続ける。快感であり、トリップであり、原型であり、永遠なのだ。だから、気持ちよい場所からわざわざ抜け出す必要も感じなくなる。それでいいわけ。
でも、もちろん人間は生きてるうちには進化もするし新しいトライもする。自分でもいままで音楽だけじゃなく(ビートルズだけじゃなく)、出来る限り自分の周りの関心事項は追いかけた。CDもビートルズ以外だけで(アナログもあるけれど)1000枚くらいはすでに溜まった。映画も数多く見たし、旅にも出て多くの人種と会話も楽しんだ。仕事も音楽関係もやったしIT関係もやってきた。だから、おそらく興味はそのまま楽しんできた。
でもビートルズはマニアのまま。このブログでもほとんどビートルズに限って書いているけれど、それが心地いいからだけ。ビートルズ以外に接したもの?そっちのほうが多いに決まっている。でも、ビートルズにはいつでも戻れる。彼らが死んでも、彼らが忘れられても、少なくとも自分が棺桶に入るまではビートルズには戻れる。
マニアであろうとオタクとよばれようと(?)、俺にはここが心地いい。ビートルズに感謝。それだけ。
とにかく、はまってしまってしばらく、または永遠に抜け出せなくなる連中が多すぎるからだろう。だらか、ビートルズばかり追い続けているとどうも典型的にビートルズしかしらない、ような印象を持たれてしまうのも事実かな。
多少弁明すると、ビートルズはそういうバンドなのだと思う。音楽のすべてがあり、感性の底をくすぐり続ける。快感であり、トリップであり、原型であり、永遠なのだ。だから、気持ちよい場所からわざわざ抜け出す必要も感じなくなる。それでいいわけ。
でも、もちろん人間は生きてるうちには進化もするし新しいトライもする。自分でもいままで音楽だけじゃなく(ビートルズだけじゃなく)、出来る限り自分の周りの関心事項は追いかけた。CDもビートルズ以外だけで(アナログもあるけれど)1000枚くらいはすでに溜まった。映画も数多く見たし、旅にも出て多くの人種と会話も楽しんだ。仕事も音楽関係もやったしIT関係もやってきた。だから、おそらく興味はそのまま楽しんできた。
でもビートルズはマニアのまま。このブログでもほとんどビートルズに限って書いているけれど、それが心地いいからだけ。ビートルズ以外に接したもの?そっちのほうが多いに決まっている。でも、ビートルズにはいつでも戻れる。彼らが死んでも、彼らが忘れられても、少なくとも自分が棺桶に入るまではビートルズには戻れる。
マニアであろうとオタクとよばれようと(?)、俺にはここが心地いい。ビートルズに感謝。それだけ。



