時々、仕事でなにをしようか考えることがある。
当たり前だ。誰だって、今の仕事をいつまで続けるとか、いつ頃にはこんなことをしたいとか、考えてるはずだし。
ビートルズは好きだからなにかしらビートルズ関連の仕事でもしようか、なんて気軽に考えることもあるけれど、大抵は実現しない。それはいい加減だからではなく、自分にはそこに手を出したくないという気持ちがあるからだ。
もし、イギリスにでいってなにかしらビートルズ関連の仕事でもしようとすれば、いや、イギリスに行かなくともどこであってもそれは可能かもしれない。でもなぜかそれは手が出ない。
要するにファンとして縛られたくないのだろう。もし、金をもらって仕事をすれば、その分自由もなくなる。金ももらわずに好きに接してコンサート見て、それで好きにこんなブログでも書いて、そんな接し方の方が健全だ。それに、金をもらってやったから楽しいはずもない。
実は昔、メディアや広告の仕事をしていたことがある。そのとき、絶対にオンエアしたり、広告で下手な素材にしたくなかったのはなんといってもビートルズだった。要するに、商売で使うなんてとんでもないわけ。神聖な領域のものに、勝手に踏み込んで、勝手にイメージ作っていくのなんて神の冒涜そのもの。
こんなことがずっと何年も続いている。
おそらく一生ビートルズをなにかで仕事にしようなんて考えもしないのだろうな。それが自分にとっては逆に幸福なのだろう。
神は天高く存在するからこそ神だから。

この写真、ジョージの有名なヘンリーオンテムズの大邸宅。死ぬまでこの邸宅は手放さなかったわけだから、相当好きな家だったのだろう。ただ、聞くところによると、部屋が40くらいあるらしい。でも、そんなガッポリ部屋あっても使いきれないって!
というのは、やはり貧乏人の発想だろう。金持ちはそうはならない。
実際、自分がいま住んでいるところは相当家も安くてがんばれば少し大きな家にも住める。じゃあ、ゆとりのある家を…と思うかというと、そうでもない。一部屋使わない部屋があるだけで、なにかもったいないような気がしてダメ。
ジョンの例の白亜の豪邸も凄かったし、ポールに至っては両端まで飛行機で20分くらいかかる農場に住んでるし。それも彼らはすべて30歳くらいで手に入れてたわけだ。
金を得るということは、贅沢も許されるということ。それがゆとりとなり、こころが豊かにもなるのだろう。ただ、俺はおそらく(ありえないけれど)金持ちになっても小さな家に住んでそうな気がすんだなあ…
なぜって、小さい家の方が断然落ち着くから。
これじゃ、やっぱりダメだ。
リボルバーが傑作だという話は今に始まったことじゃないけれど、どうもこの数年はこの作品はやたら評価が高いなあ。少なくとも、俺が高校生のころ(古い!)は誰もこの作品は評価していなかった。もちろん頭ではいい作品だと思っていても、心はアビーロードやハードデイズナイト、だったりして。
ビートルズの作品は本当に時代の波に揺られてもどんどん違った側面がその時代にぴったりしてみたり、次々に主役が変わっていく。いつかまたリボルバーがあまり語られないときも来るのだろう。その頃は、またサージェントやアビーロード、もしくはホワイトあたりが堂々と最高傑作となるのだろうけれど。
でも、このリボルバーのジャケットは凄いなあ。好きだ。
アイドルではないビートルズ、アートに入ったビートルズ、なんだかわからなくなってきたビートルズ、そんな混沌感がジャケットに凝縮しているではないか。
自分でも笑えるのは、最初にこのジャケット見たときは「う、気持ち悪いなあ」と思ったのも事実。でも今は、クール!
これだからビートルズの作品はわからん。時代とともに変わる。というか、おそらく奴らに聞いてる方が付いて行けていない、ってこと。彼らの感性に追いつけないから、追いつくのに数年、下手すると数十年かかる(事実)。これが天才と単なるレコード聴いてる大衆の違い。そこで聞いた後で勝手にブツブツ評論して。キリストとシモベみたいなもんだって。
リボルバーのジャケット。これ永遠の名作だなあ、やっぱり。
ビートルズの作品は本当に時代の波に揺られてもどんどん違った側面がその時代にぴったりしてみたり、次々に主役が変わっていく。いつかまたリボルバーがあまり語られないときも来るのだろう。その頃は、またサージェントやアビーロード、もしくはホワイトあたりが堂々と最高傑作となるのだろうけれど。
でも、このリボルバーのジャケットは凄いなあ。好きだ。
アイドルではないビートルズ、アートに入ったビートルズ、なんだかわからなくなってきたビートルズ、そんな混沌感がジャケットに凝縮しているではないか。
自分でも笑えるのは、最初にこのジャケット見たときは「う、気持ち悪いなあ」と思ったのも事実。でも今は、クール!
これだからビートルズの作品はわからん。時代とともに変わる。というか、おそらく奴らに聞いてる方が付いて行けていない、ってこと。彼らの感性に追いつけないから、追いつくのに数年、下手すると数十年かかる(事実)。これが天才と単なるレコード聴いてる大衆の違い。そこで聞いた後で勝手にブツブツ評論して。キリストとシモベみたいなもんだって。
リボルバーのジャケット。これ永遠の名作だなあ、やっぱり。

A day in the life の歌詞
ア・デイ・イン・ザ・ライフという曲。最近、やはり凄い!って感激も盛り返している。いまさらだけれど。サージェントペパーが好きなアルバムなのは前にも書いたけれど、やはりこの曲のおかげでアルバムは100倍も凄いことになったように思う。
最初はレコーディング技術が凄いとか、作曲の発想が凄いとか、いろいろ感激したものだし、今もそれは消えない。ただ。さらに今はこのジョンの歌詞にやられる。滅茶苦茶カッコいいぜ、ジョン。「新聞読んだよ。うまくいった奴がいて…」それに乗っかってるメロディ。トロトロ始まる曲が、詞の深遠な雰囲気をたたえながら意外な展開を次々繰り広げる。I'd love to turn you on なんて歌詞があの最後の盛り上がりでフェードアウトするところ。鳥肌だって!
この雰囲気はやっぱりジョンなんだよね。もともとはジョンがいないとこれはどうしようもない。でも、ちゃんとポールがジョンのやりたいことどんどん実現して作品が出来上がっていくわけだから。
ジョンのあの歌詞、しかし、知れば知るほど凄いって。曲の雰囲気にこれっきゃないって歌詞パーっと書いてくるジョンっていう奴はいったい何者なんだって。
ジョンはポールの作曲能力に嫉妬してたって話は知られてるけれど、まちがいなく、ポールはジョンのこの先天的な才能にやられてただろうし。この2人ならまずジャイアント馬場とアントニオ猪木のタッグ以上の不動の強さがあったのも容易に想像できるって。いや、もっと言えばアメリカとソ連(古い!)が手を組んで世界制覇したようなモンかなあ。
ア・デイ・イン・ザ・ライフは、もう生まれないな。あの2人の芸術品だ。1967年、あの頃に戻って聞きたいなあ。
I'd love to turn to then !
アビーロード聴いてたら、ロンドンに行きたくなってきた。どうしようもなく。イギリスに行って、また、なにか新たな刺激を受けたくなってきた。
不思議なもので、こう思い始めるとまた体が動くようになる。これが日々増大してもう我慢ならなくなると、次は行動あるのみ。でも、本当にこの連続だなあ。いったい俺が落ち着くのはいつなのだ。動いてるのすきとか嫌いとかの話じゃない。目の前にやりたいことができると、それをどうしてもやりたくなる。もちろん出来ないこともあるけれど、トライしないのはもっと嫌いだ。
すでに俺も年はとったけれど、まだなにか動かされるものがあるということは、それだけで少しでも若くいられる。このままロンドン熱がおさまらないなら、おそらく半年以内にまたイギリスに行ってなにかしらやらかしたくなる。時々、途中で方向転換もあるけれど、どうも今回はちょっと熱い。さて、どうなっていくか、自分でも少し楽しみにしよう。
しかし、アビーロード聴くだけでロンドンへ心は飛ぶ。まあ、おかげで金もなくなるけれど、さらにおかげさまで楽しい人生じゃないか。
ビートルズ万歳!
不思議なもので、こう思い始めるとまた体が動くようになる。これが日々増大してもう我慢ならなくなると、次は行動あるのみ。でも、本当にこの連続だなあ。いったい俺が落ち着くのはいつなのだ。動いてるのすきとか嫌いとかの話じゃない。目の前にやりたいことができると、それをどうしてもやりたくなる。もちろん出来ないこともあるけれど、トライしないのはもっと嫌いだ。
すでに俺も年はとったけれど、まだなにか動かされるものがあるということは、それだけで少しでも若くいられる。このままロンドン熱がおさまらないなら、おそらく半年以内にまたイギリスに行ってなにかしらやらかしたくなる。時々、途中で方向転換もあるけれど、どうも今回はちょっと熱い。さて、どうなっていくか、自分でも少し楽しみにしよう。
しかし、アビーロード聴くだけでロンドンへ心は飛ぶ。まあ、おかげで金もなくなるけれど、さらにおかげさまで楽しい人生じゃないか。
ビートルズ万歳!
今、ニュージーランドに住んでいるけれど、毎日仕事も生活も英語。当然だ。日本語は家で家族と話すだけ。外出すれば英語だけだ。
振り返ると、どうして僕は英語なんて話すように(多少だけれど)なったのだろう。今でも覚えているけれど、中学生の頃、英語の授業なんてそんなに楽しくもなかった。むしろ、日本語はなせりゃいいや、なんて毎日思ってた。
その中学の時、ビートルズの本当の凄さに気づいてしまったわけだけれど、それから英語じゃなくてビートルズのことが知りたくて仕方なくて、それで歌詞を訳したり唄ったり、生い立ちの話を英語で読んでみたり。そうしているうちに、英語の点数が結構面白いように取れるようになった。それが英語を覚えるきっかけだったんだから、やはりビートルズには感謝しないとならない。
生意気な話かもしれないけれど、英語が出来なかったら、いままでハワイで仕事したりアメリカで生活したり、今はニュージーランドで生活して永住しようか、とか…こんな将来なんて絶対になかった。つまりビートルズこそが僕の可能性のトビラを開いてくれたわけだ。先生や親に言われてやった勉強なんで、受験が終わって全部忘れた。どうでもいい。でも、あの時ビートルズを理解したくて覚えた英語、初めて知った異文化、勉強のうすら暗記だけの記憶がすべてではなく心からの感動こそ人生を変えるということ、そんなことすべては今になっても忘れるはずもない。
すべては、あの出会いから僕の人生は流れが変わった。その流れは、今もあのときのまま流れている。英語も役に立ったし、人生も明るくなってきたことは嬉しい。今、自分の中で一番大切なことは、あのときの感動を忘れずにいることだろうか。それさえあれば、なんでも乗り越えていけそうな気もする。
感動がなかったら英語なんて覚えなかったんだから。
カッコいいぜ!ポール!
こんなこと言ってサマになる奴なんて少ないって。
いくら60過ぎまで音楽やっても、ヒットもしないどころか消えていく連中がほとんど。1961年から半世紀も第一線にいるからこそ。
いや、マジでカッコいいなあ。こんなこといってみたいって、本当に。
---------------以下、引用
マッカートニー「アイディアはつきない、音楽は救世主」
6月19日18時12分配信 BARKS
ニュー・アルバム『Memory Almost Full』をリリースしたポール・マッカートニー。ビートルズの前身ザ・クオリーメンをスタートしてから半世紀経ったいまでも、音楽のアイディアはつきることないようだ。『Chaos And Creation In The Backyard』('05年)、 『Ecce Cor Meum』('06年)と毎年新しい作品を生み出している彼は、「まだたくさん作りたい曲がある」と話している。
マッカートニーは、『The Sun』紙の独占インタヴューでこう語った。「いつも、書くべき曲はまだまだあるって思ってるよ。(曲作りを)止めることなんて考えたこともない。人生においては辛い時期もある。人生で起きた出来事にプレッシャーを感じるときはあるよ。でも音楽ではない。いま、離婚を経験してる……。それは、大きなプレッシャーだ。ビートルズが解散したときも、そうだった。人生では、大変だと思うことが何度もある。でも、音楽はいい。救世主だ」
マッカートニーはまた、長年のホームであったEMIを離れ、スターバックスから新作をリリースした理由をこう説明している。「慎重に考えた上での決断だった。いまはニュー・ワールドだ。みんな、新しい方法でコミュニケーションを取ろうとしてる。。僕は、音楽でいつもそうしたいって考えてきた。だから、スターバックスを通じ、新しい方法でみんなの元に音楽を届けられることをすごく楽しみにしてるんだ。エキサイティングだよ」
『Memory Almost Full』は、スターバックスがチャートの集計システムに登録していないためスターバックス店舗でのセールスが加算されないにも関わらず、先週、英チャートの5位にランク・インした。
こんなこと言ってサマになる奴なんて少ないって。
いくら60過ぎまで音楽やっても、ヒットもしないどころか消えていく連中がほとんど。1961年から半世紀も第一線にいるからこそ。
いや、マジでカッコいいなあ。こんなこといってみたいって、本当に。
---------------以下、引用
マッカートニー「アイディアはつきない、音楽は救世主」
6月19日18時12分配信 BARKS
ニュー・アルバム『Memory Almost Full』をリリースしたポール・マッカートニー。ビートルズの前身ザ・クオリーメンをスタートしてから半世紀経ったいまでも、音楽のアイディアはつきることないようだ。『Chaos And Creation In The Backyard』('05年)、 『Ecce Cor Meum』('06年)と毎年新しい作品を生み出している彼は、「まだたくさん作りたい曲がある」と話している。
マッカートニーは、『The Sun』紙の独占インタヴューでこう語った。「いつも、書くべき曲はまだまだあるって思ってるよ。(曲作りを)止めることなんて考えたこともない。人生においては辛い時期もある。人生で起きた出来事にプレッシャーを感じるときはあるよ。でも音楽ではない。いま、離婚を経験してる……。それは、大きなプレッシャーだ。ビートルズが解散したときも、そうだった。人生では、大変だと思うことが何度もある。でも、音楽はいい。救世主だ」
マッカートニーはまた、長年のホームであったEMIを離れ、スターバックスから新作をリリースした理由をこう説明している。「慎重に考えた上での決断だった。いまはニュー・ワールドだ。みんな、新しい方法でコミュニケーションを取ろうとしてる。。僕は、音楽でいつもそうしたいって考えてきた。だから、スターバックスを通じ、新しい方法でみんなの元に音楽を届けられることをすごく楽しみにしてるんだ。エキサイティングだよ」
『Memory Almost Full』は、スターバックスがチャートの集計システムに登録していないためスターバックス店舗でのセールスが加算されないにも関わらず、先週、英チャートの5位にランク・インした。
ジョンがもし生きていたら…
そんなことをポールの新作を今日も聞きながら考えてしまった。
もし、本当の、無二の、かけがえのない、子供のときからを知るジョンが、ポールのこの作品を聴いたなら…
ジョンが生きていたら、ポールももっと作品の作り方も違っていたかもしれない。なにせ、ジョンを意識して作っていただろうから。でも、もしジョンが生きていて、ジョンがこの作品を聞いたら…
勝手な思い込みだろけれど、ジョンはこのポールの作品を大好きになったような気さえする。「ポール、やっと肩の力を抜いて、自分自身を唄い始めたんだね…」なんてね。ジョンにしてみたら、おそらくこの作品はジョンの「心の壁・愛の橋」や「ダブルファンタジー」あたりのラインになるのではないだろうか。断っておきたいけれど、僕はジョンのほうがいいとかポールが上とか、そんな話は興味ない。どっちも好きで仕方ないから。アホな比較はできない。
ジョンにとっては、ビートルズ解散後からすでに自分の音楽はジョン自身の日記のようなものになっていった。ポールは、それでも音楽の限界を追い続け新たな音楽を探し続けたし。でも、この作品でジョンとポールのスタンスはかなり近くなり、彼らは改めていままでのリバプール時代から世界を席巻し、そして年寄りになった今までを語り合える仲に近づいたのでは?
ファンだからこんなありえないことを考えてしまうのだけれど、もし盟友が生きていたら…
あの教会で出会って、もし今も彼らが語り合えたなら。彼らはどれだけの過去を語り、どれだけの夢を今も持っていたのだろう。ポールの作品が出てくるたびに、ジョンの面影を心のどこかに持ちながら唄うポールの姿が目に浮かんでくる。
ポールはエルビスが好きだったけれど、本当のアイドルはジョンだったんだから。そしてジョンだけがポールの才能の本当の怖さも凄さも知っていたんだし。やはり盟友なんだな。
ジョンはいない。でも、ポールがんばれ。
そんなことをポールの新作を今日も聞きながら考えてしまった。
もし、本当の、無二の、かけがえのない、子供のときからを知るジョンが、ポールのこの作品を聴いたなら…
ジョンが生きていたら、ポールももっと作品の作り方も違っていたかもしれない。なにせ、ジョンを意識して作っていただろうから。でも、もしジョンが生きていて、ジョンがこの作品を聞いたら…
勝手な思い込みだろけれど、ジョンはこのポールの作品を大好きになったような気さえする。「ポール、やっと肩の力を抜いて、自分自身を唄い始めたんだね…」なんてね。ジョンにしてみたら、おそらくこの作品はジョンの「心の壁・愛の橋」や「ダブルファンタジー」あたりのラインになるのではないだろうか。断っておきたいけれど、僕はジョンのほうがいいとかポールが上とか、そんな話は興味ない。どっちも好きで仕方ないから。アホな比較はできない。
ジョンにとっては、ビートルズ解散後からすでに自分の音楽はジョン自身の日記のようなものになっていった。ポールは、それでも音楽の限界を追い続け新たな音楽を探し続けたし。でも、この作品でジョンとポールのスタンスはかなり近くなり、彼らは改めていままでのリバプール時代から世界を席巻し、そして年寄りになった今までを語り合える仲に近づいたのでは?
ファンだからこんなありえないことを考えてしまうのだけれど、もし盟友が生きていたら…
あの教会で出会って、もし今も彼らが語り合えたなら。彼らはどれだけの過去を語り、どれだけの夢を今も持っていたのだろう。ポールの作品が出てくるたびに、ジョンの面影を心のどこかに持ちながら唄うポールの姿が目に浮かんでくる。
ポールはエルビスが好きだったけれど、本当のアイドルはジョンだったんだから。そしてジョンだけがポールの才能の本当の怖さも凄さも知っていたんだし。やはり盟友なんだな。
ジョンはいない。でも、ポールがんばれ。

昨日はポールの新作を聞いて、あまりに感激したせいか言葉ではうまくいえなかった。まあ、今日になってもそれはあまり変わらないけれど。いちいち、曲名を紹介して感想や勝手な解説を書くつもりもないし、だれも読んでも楽しくないだろうし。
ただ、昨日書かなかった(書けなかった)ことで、ひとつ告白したいことがある。
この作品聴きながら、なぜか涙が止まらなくなった。
今まで40年近くファンやってきて、ポールの音楽聴いてこんな涙を流したことはおそらく1度もなかった。ジョンが死んだ後で聴いたWomanやImagine聴いて泣いたことはあるし、ポールが来日中止になってくやし涙を流したことはある。名作、名曲を聴いて鳥肌が立つような感動を得たことは数え切れないくらいある。でも、涙したことはなかった。
昨日書いた、ポールの才能やポールの存在の尊さに対しての涙だったのか。いや、自分でもまだわからないけれど、ちょっと違う気がする。
自分もポールも年をとった。そして、未来よりも過去が長くなった。ポールの今回の作品の内容は、そんな人生の流れや節目をあまりに克明に唄っている。素晴らしいメロディもあるし、カッコいいロックンロールもポール健在でやたらに嬉しい。だけれども、作品全体にポールが今まであまり露出しなかった「人生観」のようなものが、自分にはやたらに敏感に伝わってくる気がする。その透明でみずみずしい感性や、子供の頃からの時間の流れの中で、音楽や友人や出来事に対するポール自身の人生観を残酷なまでに表現しなければならなかった過酷な事実。誰にでも起こりえる人間の運命にも似た時の悪戯「始まりと終わり」。そして、すでに盟友を失いながらも孤高の活動を続けるポール。そんな様々なことに対して、今回は敏感に反応してしまったのかもしれない。
正直いえば、ポールにはすでに自分の「死」が視野に入っているのだと思う。それを直視して、自分の人生観をやや残酷なまでにリアルに表現して作った作品。それが、今までの純粋な音楽としての作品の枠を越えて、人間の美しい心のようなものまでが作品の中に昇華されて伝わってきたのだろうか。
音楽やポールのエネルギー、そして消えることない才能には昨日も今日も大きな感動を得た。けれど、それは涙ではない。今回の作品は間違いなくなにか特別な想いがこめられている。
ファンとして長い時間が流れた。CDに記録された音楽を超えて、僕は今回初めてポールの心に触れることができたのだろうか。そしてはるか彼方の存在のポールに、なにかしら共有する人間の真理を見てしまったのか…今は、涙の理由はそんな気がしている。
この作品、なんとかウェブ上で聴いた。もちろん、最後にはCD買わないとならないけれど、とにかくこれ以上待ち続けられなかった。
しかし…ポールマッカートニーという人は…。
65歳のエネルギーや才能とは思えない多彩な作品と音のマジック。声こそさすがに張りはなくなってしまったけれど、なんなのだ、この感動的な才能の洪水は。
天才とか何とか言う話ではなく、ただ単にこの人と同じ時に生きられたことを素直に喜びたい気持ちになった。ビートルズのはじけるような輝きとは今回の作品は異なっている。けれど、20世紀を動かした才能はいまだに激しく脈打っているし、65歳のアーチストにこれだけまだ相手に伝わってくるエネルギーがあることを知って嬉しくてどうしようもなくなった。
70歳になってもこの人はロックを歌えるのだろうし、まだ新作に情熱をそげるのだろう。それがこの人の天命。
かつてジョージルーカスが「この人生で自分のやりたいことの全部はできない」という話をしていたことがあった。それと同じだな。ポールは、残りの人生でおそらく最後まで作品を出し続けるのだろう。そして、それはあくまで創作活動の途中で前に進みながら終わるのだろう。この人は自分で自分を葬ることはできない宿命。わかった。
今回の作品には、僕にはポールの過去、現在、そしてもしかしたらエンディングまで見える気がしてしまう。考えすぎかもしれないけれど、改めてポールに出会えたことに感謝した。だってこんな才能、自分が生きてるうちはもう会えないって。そして自分がこの年でまだこれだけ感動できるってこと、わかった。
せめて僕も時間ある限りなにかを…そんな神聖な気分になるほどの才能と凄さをこの老人から受け取ってしまった。興奮して眠れないって、これじゃあね。
しかし…ポールマッカートニーという人は…。
65歳のエネルギーや才能とは思えない多彩な作品と音のマジック。声こそさすがに張りはなくなってしまったけれど、なんなのだ、この感動的な才能の洪水は。
天才とか何とか言う話ではなく、ただ単にこの人と同じ時に生きられたことを素直に喜びたい気持ちになった。ビートルズのはじけるような輝きとは今回の作品は異なっている。けれど、20世紀を動かした才能はいまだに激しく脈打っているし、65歳のアーチストにこれだけまだ相手に伝わってくるエネルギーがあることを知って嬉しくてどうしようもなくなった。
70歳になってもこの人はロックを歌えるのだろうし、まだ新作に情熱をそげるのだろう。それがこの人の天命。
かつてジョージルーカスが「この人生で自分のやりたいことの全部はできない」という話をしていたことがあった。それと同じだな。ポールは、残りの人生でおそらく最後まで作品を出し続けるのだろう。そして、それはあくまで創作活動の途中で前に進みながら終わるのだろう。この人は自分で自分を葬ることはできない宿命。わかった。
今回の作品には、僕にはポールの過去、現在、そしてもしかしたらエンディングまで見える気がしてしまう。考えすぎかもしれないけれど、改めてポールに出会えたことに感謝した。だってこんな才能、自分が生きてるうちはもう会えないって。そして自分がこの年でまだこれだけ感動できるってこと、わかった。
せめて僕も時間ある限りなにかを…そんな神聖な気分になるほどの才能と凄さをこの老人から受け取ってしまった。興奮して眠れないって、これじゃあね。
いかんなあ、しばし昨日に続いてビデオにはまった。
しかし、初期からのビートルズファンならこのビデオ見たら少しは心乱れそうだなあ。ビデオの中で最後の方に泣き出すファンがいるけどどうしようもなく気持ちはわかるわ。これ、当時からのファンならなおさらだろうなあ。
ジョンもジョージもリンゴもいないけれど、嬉しくてしかたないんだよね、こんな曲やられると。泣けたね。
よって、ツベコベは今日も書かない。
Please Please Me
次は個人的に思い入れがある曲。
I will
しかし、初期からのビートルズファンならこのビデオ見たら少しは心乱れそうだなあ。ビデオの中で最後の方に泣き出すファンがいるけどどうしようもなく気持ちはわかるわ。これ、当時からのファンならなおさらだろうなあ。
ジョンもジョージもリンゴもいないけれど、嬉しくてしかたないんだよね、こんな曲やられると。泣けたね。
よって、ツベコベは今日も書かない。
Please Please Me
次は個人的に思い入れがある曲。
I will
ジョージとボブディランのビデオ見てたら、今日はちょっと泣けた。彼ら、親友だったから。ボブディランは、生前からジョージを尊敬してるってな話もしてたし。本当に2人とも生き生きしてて涙目になった。
トラベリングWのビデオは、最後のSweet smell of successの歌詞のあたりのジョージの笑顔がたまらんかった。今はいないと思うと、残念で仕方がないけれど。
今日は解説なし。
トラベリングウィルベリーズ
ボブディランとジョージのペギースー
ジョージとボブディランのIf not for you
マディソンスクエアガーデンのボブディラントリビュートコンサートIf not for you
このセレモニーのジョージ、カッコいいぜ!!
トラベリングWのビデオは、最後のSweet smell of successの歌詞のあたりのジョージの笑顔がたまらんかった。今はいないと思うと、残念で仕方がないけれど。
今日は解説なし。
トラベリングウィルベリーズ
ボブディランとジョージのペギースー
ジョージとボブディランのIf not for you
マディソンスクエアガーデンのボブディラントリビュートコンサートIf not for you
このセレモニーのジョージ、カッコいいぜ!!

追憶の彼方に~メモリー・オールモスト・フル
ところで、素直な疑問。おれはいつになったらポールの新作を聞けるんだ?
住んでいるところ、ここニュージーランドは新作なんぞはほとんどすぐに現れない。下手すると大物アーチストの新作CDであっても、店頭に並ばないことすらある。だから怖い。なにがって、またまたしばらくの間ポールの新作が聞けない状態が続くことだ。
上記のアマゾンのサイトでは、すでにファンからは新作は傑作である、という評価は書き込まれているし、5つ星ばかりだし。やはりはやく聴きたい。
やはりこの人と同じ時代に生きられるってことはそれだけで嬉しいことだ。なんたって、こんな年になってもワクワクするんだから。どんな作品なのか…我慢。

シンシアというジョンの最初の奥さんの話によると、ジョンは相当若くして童貞を失っていたらしい(なんという話のブログじゃ!お許しください)。それ以外にもジョンは相当遊びまくっていたらしいから、小野洋子と結婚するまでは数え切れないはず。まあ、結婚後も別居中に遊んだメイ・パンとか話はちゃんとあるけれど。
また、ポールは売れてからは毎夜毎夜ロンドンで女を引っ掛けてとっかえとっかえ遊んでいたらしい。ドイツにはハンブルグ時代に遊んじゃったおかげで、ポールそっくりの「自称ポールの子供」もいるらしい。まあ、まんざら本物のポールの子供らしいけれど。
ジョージは、実は知られていないが(情報が正しければ)、最初にエリッククラプトンの女に手を出したらしい。クラプトンがパティに手を出したほうばかりが知られているのはある意味しかたない。そのほうが面白いから。ただ、それ以外にも、ジョージはクラプトンが子供をつくった相手にも手を出したらしい。つまり、嫁さんにも手を出しているわけだ。また、これも凄い話だけれど、リンゴの奥さんのモーリンにも手を出したらしい(本当のようだけれど)。
まあ、リンゴ程度かな。滅茶苦茶な話が少ないのは。それでも、バーバラバックと結婚する前のモーリンはリンゴもそっけなく離婚して、その後、彼女も白血病でなくなるなど、つらい目にあわせてるけど。
さて、この情報をもとに…
ビートルズは英国の正義のように今は扱われている。これってドーヨ?おそらく60年代の間違いない不良軍団(音楽はもちろん天才だけれど)。ガチャガチャなことやって女遊びしてマリファナ吸いまくってヘロへになって、好き勝手やっておいて、それでも英国の誇り。勲章、貴族扱い。これってどうなってんだろう。
要するに、誰もが認める才能があると、8割がたアホな時間を過ごしても見過ごしてくれるってことか。でもそれってちょっと不公平じゃないか?
才能あるってことで、それで皆に敬礼されて、それでもって女と遊びまくって、金がっぽり稼いで、最後にはサーになる。すべてがばれても嫁さんはちゃんといるし。才能があるってことは、つまりこの世の免罪符をもらったようなモンじゃないか?
考えてみてもおかしい。俺がもし、女に手出しまくって隠し子までいて、大麻でも持ってて、それで訴えられたら→離婚、慰謝料、自己破産、下手すりゃ投獄、そして生涯を棒に振る。こんな図式も夢じゃない。
つまり、オーンナジことやって生きても才能があると国の誇りになって、才能がないと自己破産して再起不能となるわけだ。天は人の上に人を作らず…福沢諭吉、解説してくれ。
スターバックスでポールの音楽が売られるって?
まあ、時代も変わったもんだ。コーヒー屋だよ?それがあのビートルズメンバーの音楽を売るわけだから、ファンとしてはどう受け止めればいいんだ?
そのくらい、俺も古いファンになったのかもしれないなあ。勝手なモンで、昔、30年も前はビートルズをレコード屋でしか接しられないことで怒ってたもんだ。ビートルズの音楽がテレビで流れるモンなら大喜び。まあ、めったなことじゃビートルズはレコード、またはミュージックライフ程度でしか接することができなかった。
高校の時、シェアスタジアムコンサートフィルムが解禁(?)になって、近くの街の体育館にフィルムコンサートがやってきた。はるばるバスで見に行って、「動く」ビートルズ見て、やたら感激した。レコードじゃないんだから。なんたって動いてんだから。それもカラーのコンサートで野球場だよ?でも、考えてみれば、こんなの今は全部当たり前。逆にフィルムコンサートって何?なんていわれそうだって。
だから、今風にはスターバックスでポールに接するのもマンザラ悪いわけでもないんだろう。
でもこれは世代だな、やぱり。俺無理。コーヒーのみながら適当な話してビートルズ(ポールでも)の作品は聞けない。そこで作品も買いたくないなあ。レコードは昔は買って来て、「これから真剣勝負が始まる」という気分でスピーカーの目の前で不動明王像のように固まって最後の音が終わるまで付き合うのがビートルズだろうが、とにかく好きなアーチストに対するこっちの暗黙の姿勢だった。
ビートルズの作品はそのくらい重かった。それが俺の時代。古いかな、やっぱり。当時の俺がワープしてきて、スターバックスで笑顔の店員が「ラテひとつですね」なんていいながらコーヒー売ってる隣でポールの作品見たら卒倒しそうだな。
まあ、でも来日時にドトールコーヒーでお茶してたジミーペイジよりはまだいいか。どうも、新宿の海賊版屋でいろいろあさった後、ドトール行ってたところ目撃されたらしいんだけど、それもZEPファンはどういう心境で見物してたんだろうなあ?いくらケチで有名な彼でも、せめてスターならスターバックスでお茶しろって…?
時々、ふと考えることがある。なぜ音楽が自分にぴったり来たんだろうか?と。いろいろと五感に訴えるものは世の中にあるけれど、どうも自分は視覚や触覚や味覚などより一番聴覚が敏感らしい。
これは個人差だから仕方がない。
でも、さらに時々考える。もし、俺がジョンレノンやポールマッカートニーだったら??ありえないことだけれど、一度彼らになって見たいとしみじみ思ったことがある。理由は、もしジョンになったらどんな音が聞こえるのか?というだけ。もし、ポールだったら、どんな音が頭の中でなっているのか?それが知りたいだけ。
当たり前だけれど、俺は単に彼らの作ったものを聴いてるだけ。それであっても、聞こえてこない音がある。和音の音なんか、おそらく全部は耳が拾っていない。ビートルズの和音構成なんておそらくロックバンドの中では一番聞き取れないはずなくらい難解。ストロベリーFFの和音なんかわからん。でも、ジョンはあれを作る。あの音を出して音楽を表現できる。ポールは幾何学的な音のバランスを瞬時に作り出す。モーツアルトのような神技。でも、それも俺には全部は聞こえない。ポールの頭の中でだけずべての音が鳴っている。
聴いて楽しむのは一般人でもできるし、作品の凄さに驚くこともできる。でも、一般人には彼らの頭の中でなっている音は一生聞こえない。CDに録音された音でさえ、彼らのオリジナルの音のすべてを伝えてはいない。
天才の頭に入って、オルゴールの箱のような世界でオリジナルの音を聞いてみたい。なかわぬアホな夢。
でも、さらにいえば、彼ら天才達もおそらく知らないのかもしれない。自分たちが頭の中で聞こえる音が、他の人間には聞こえていないってことが。天才は孤高な存在なのは、結局誰も自分以外に自分を知らないからなのだけれど。
これは個人差だから仕方がない。
でも、さらに時々考える。もし、俺がジョンレノンやポールマッカートニーだったら??ありえないことだけれど、一度彼らになって見たいとしみじみ思ったことがある。理由は、もしジョンになったらどんな音が聞こえるのか?というだけ。もし、ポールだったら、どんな音が頭の中でなっているのか?それが知りたいだけ。
当たり前だけれど、俺は単に彼らの作ったものを聴いてるだけ。それであっても、聞こえてこない音がある。和音の音なんか、おそらく全部は耳が拾っていない。ビートルズの和音構成なんておそらくロックバンドの中では一番聞き取れないはずなくらい難解。ストロベリーFFの和音なんかわからん。でも、ジョンはあれを作る。あの音を出して音楽を表現できる。ポールは幾何学的な音のバランスを瞬時に作り出す。モーツアルトのような神技。でも、それも俺には全部は聞こえない。ポールの頭の中でだけずべての音が鳴っている。
聴いて楽しむのは一般人でもできるし、作品の凄さに驚くこともできる。でも、一般人には彼らの頭の中でなっている音は一生聞こえない。CDに録音された音でさえ、彼らのオリジナルの音のすべてを伝えてはいない。
天才の頭に入って、オルゴールの箱のような世界でオリジナルの音を聞いてみたい。なかわぬアホな夢。
でも、さらにいえば、彼ら天才達もおそらく知らないのかもしれない。自分たちが頭の中で聞こえる音が、他の人間には聞こえていないってことが。天才は孤高な存在なのは、結局誰も自分以外に自分を知らないからなのだけれど。
今日はとても天気がいいので、外の空気でも吸いたいけれど、なかなか仕事が終わらない。あほらしくなってくる。窓から差し込む太陽の光を眺めているだけでも、心も和むから、それだけでもいいことだ。
環境音楽や軽いジャズでも流しながら時間を過ごすというパターンだな、今日は。
軽い感じで楽しめるビートルズの曲もないし、彼らに失礼だからテキトーな雰囲気ではあまりビートルズの音楽も必要ない。
で、こんなとき軽くいくためにはジョージベンソンだのの、CTIの頃のカルカルの音楽もあり。The Other side of Abbey Roadなんてのもありだけれど。パットメセニーのECMの頃の作品も結構僕には軽くていい。ふむふむ、こういうライトジャズは自分でも結構好きだったりする。
ただ、後で知ったのだけれど、ベンソンもメセニーも相当ビートルズファンなのも事実らしい。とういことは、間接的にでも結局はビートルズから離れてないってことか。
環境音楽や軽いジャズでも流しながら時間を過ごすというパターンだな、今日は。
軽い感じで楽しめるビートルズの曲もないし、彼らに失礼だからテキトーな雰囲気ではあまりビートルズの音楽も必要ない。
で、こんなとき軽くいくためにはジョージベンソンだのの、CTIの頃のカルカルの音楽もあり。The Other side of Abbey Roadなんてのもありだけれど。パットメセニーのECMの頃の作品も結構僕には軽くていい。ふむふむ、こういうライトジャズは自分でも結構好きだったりする。
ただ、後で知ったのだけれど、ベンソンもメセニーも相当ビートルズファンなのも事実らしい。とういことは、間接的にでも結局はビートルズから離れてないってことか。
今日は、ニュージーランドなどの英国系の国は「クイーンエリザベスバースデー」で国民休日でした。
僕も多少生意気に、午後の紅茶を楽しんで一日をそれらしく送りました。でも、女王陛下の名前を聞くと思い出すのが、Her majestyでしょうか。アビーロードの最後の「名曲」です。こもこの作品も軽くサーっと流してやたらにカッコよくギター決めてくれて、それであの歌!ポールマッカートニー、恐るべき才能。と、子供ながらにそう感嘆したことを思い出す。
それにしても、いまだこの曲はなんと新鮮に聞こえることか。
僕も多少生意気に、午後の紅茶を楽しんで一日をそれらしく送りました。でも、女王陛下の名前を聞くと思い出すのが、Her majestyでしょうか。アビーロードの最後の「名曲」です。こもこの作品も軽くサーっと流してやたらにカッコよくギター決めてくれて、それであの歌!ポールマッカートニー、恐るべき才能。と、子供ながらにそう感嘆したことを思い出す。
それにしても、いまだこの曲はなんと新鮮に聞こえることか。
サージェントペパーが40周年だということで、また、少し話題になっているようだ。なにかあるたびにこの作品は話題になるから、マチガイなく時代を物語る作品なのだろう。
この作品は、最近は賛否両論あるのだろうか。時々、内容はリボルバーやホワイトが上、だの、いろいろ外野の批評は耐えることない。しかし、それも名作が故の、また、有名であるが故の運命のようにも思える。
先にジェフエメリックというエンジニアが書いた本「ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実」
を読んだ感想を書いたけれど、その本を読むと、本当にこの作品サージェントペパーはあの時代、ビートルズだけが生み出せた作品であることを痛切に感じる。他の誰もこの作品は生み出す力さえなかったし、これだけの時代を泳いでもなお生き残る「古さ」を知らない感性をそこに記録することはできなかった。僕はそう思う。否定されるかもしれないけれど、でも、実際に60年代からずっと今まで、誰もがこの作品を完全に葬り去ることはできなかったわけだ。無謀なストーンズファンあたりになると、サタニックが上だ、なんてまたわけのわからない話すら出るから、そういう話はもうきかないことにしている。馬鹿馬鹿しい。60年代に限らずストーンズ側からのビートルズとの比較はあっても、ビートルズ側からストーンズと比較論はありえないから。
*参考まで僕はストーンズは結構好きな作品もちゃんとあるので誤解のないよう。ただ、なんでもかんでも比較することじゃないし、特にこの作品は比較されるべきじゃないと思っているだけ
ペットサウンドももちろんいい作品だったし、60年代の末には新たな時代を予感させる作品はアビーロードの後、続々と登場してきた。それも時代。
そして、今はサージェントペパーもいろいろと重箱の隅をつつかれる。でも、この作品の凄さは、結局は誰もが認めざるを得ないことじゃないか?否定はすれども結局は作品の価値は認めておくしかない。
僕にとっては、この作品は「音楽の哲学書」のようなものだと思っている。哲学書なんて人気もないし、読みたいときは少ない。けれど、それがないと生きる指針もない。絶対に根底に必要な思想。それが哲学だとすれば、僕にはサージェントペパーこそまさに音楽の基本書なのだ。アイディア、挑戦する姿勢、限界を突き抜けていく才能、永遠を思わせる音像、才能と時代の化学反応と核分裂…そんな爆発するパワーがこの作品には今も残る。
解釈は難しい。哲学書だから。でも、だからこそ、発売当時こそ全く新しいコンセプトの登場に大衆がひざまづいた。僕にとっては、哲学であり、また、アインシュタインが相対性理論で4次元の世界を提示したのと同じように思っている。
だから、この作品は人気はない。難しいから。それでいい。でも死に消え去ることもない。いつまでも人間に音楽が必要であるなら、そこにこの作品が生き残る理由は十分だから。
もし、この作品がなかったら、ポピュラーミュージックの限界を超えていく作業は誰がやったのだろう。それまではロックはウルサイだけで、クラシックは高尚。そんな思想すらある時代、そして、クラシックに限らず、いかなる新たな発想すら受け入れなかった時代。そんな垣根すらあった世界に、どんな姿勢すら容認させる才能がビートルズ以外に誰が持ちえたのだろう。作曲手法の意外性、録音技術の駆使と試み、それらのアイディアはそのまま現代音楽の根幹であり辞書として今も息吹いている。ビートルズはデビューからすべてが斬新だった。その例を挙げるときりがないからやめる。そして、それらの斬新さがひとつの頂点を極めたのがこの作品だと思う。
この作品以降、音楽は限りない挑戦の時代を迎える。ハードロックが登場し、プログレが登場、マイルスはジャズを超えフュージョンを試みる、洪水のように音楽が生産されたていったのもこの作品で「なにをやっても面白い」という自信がミュージシャン達にできたからだ。
今はこの作品は、そういう時代を超えたところで存在している。だから「意味」は相当違っているのだろう。だから評価も違ってくる。それでいい。しかし、歴史の中でサージェントペパーだけが果たした役割は、今までもこれからも、評価は「音楽の哲学書」であるように僕は思っている。
あくまでも僕個人の意見。なので勝手に言うけれど、ビートルズ、そして現代音楽の最高傑作は永遠に「サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンド」です。
この作品は、最近は賛否両論あるのだろうか。時々、内容はリボルバーやホワイトが上、だの、いろいろ外野の批評は耐えることない。しかし、それも名作が故の、また、有名であるが故の運命のようにも思える。
先にジェフエメリックというエンジニアが書いた本「ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実」
*参考まで僕はストーンズは結構好きな作品もちゃんとあるので誤解のないよう。ただ、なんでもかんでも比較することじゃないし、特にこの作品は比較されるべきじゃないと思っているだけ
ペットサウンドももちろんいい作品だったし、60年代の末には新たな時代を予感させる作品はアビーロードの後、続々と登場してきた。それも時代。
そして、今はサージェントペパーもいろいろと重箱の隅をつつかれる。でも、この作品の凄さは、結局は誰もが認めざるを得ないことじゃないか?否定はすれども結局は作品の価値は認めておくしかない。
僕にとっては、この作品は「音楽の哲学書」のようなものだと思っている。哲学書なんて人気もないし、読みたいときは少ない。けれど、それがないと生きる指針もない。絶対に根底に必要な思想。それが哲学だとすれば、僕にはサージェントペパーこそまさに音楽の基本書なのだ。アイディア、挑戦する姿勢、限界を突き抜けていく才能、永遠を思わせる音像、才能と時代の化学反応と核分裂…そんな爆発するパワーがこの作品には今も残る。
解釈は難しい。哲学書だから。でも、だからこそ、発売当時こそ全く新しいコンセプトの登場に大衆がひざまづいた。僕にとっては、哲学であり、また、アインシュタインが相対性理論で4次元の世界を提示したのと同じように思っている。
だから、この作品は人気はない。難しいから。それでいい。でも死に消え去ることもない。いつまでも人間に音楽が必要であるなら、そこにこの作品が生き残る理由は十分だから。
もし、この作品がなかったら、ポピュラーミュージックの限界を超えていく作業は誰がやったのだろう。それまではロックはウルサイだけで、クラシックは高尚。そんな思想すらある時代、そして、クラシックに限らず、いかなる新たな発想すら受け入れなかった時代。そんな垣根すらあった世界に、どんな姿勢すら容認させる才能がビートルズ以外に誰が持ちえたのだろう。作曲手法の意外性、録音技術の駆使と試み、それらのアイディアはそのまま現代音楽の根幹であり辞書として今も息吹いている。ビートルズはデビューからすべてが斬新だった。その例を挙げるときりがないからやめる。そして、それらの斬新さがひとつの頂点を極めたのがこの作品だと思う。
この作品以降、音楽は限りない挑戦の時代を迎える。ハードロックが登場し、プログレが登場、マイルスはジャズを超えフュージョンを試みる、洪水のように音楽が生産されたていったのもこの作品で「なにをやっても面白い」という自信がミュージシャン達にできたからだ。
今はこの作品は、そういう時代を超えたところで存在している。だから「意味」は相当違っているのだろう。だから評価も違ってくる。それでいい。しかし、歴史の中でサージェントペパーだけが果たした役割は、今までもこれからも、評価は「音楽の哲学書」であるように僕は思っている。
あくまでも僕個人の意見。なので勝手に言うけれど、ビートルズ、そして現代音楽の最高傑作は永遠に「サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンド」です。
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