かつて学生時代は毎日バンドに明け暮れていた。当時バンドではやったのは、プログレ、ハードロック(定番)とフュージョン。どっちかといえば、プログレは理屈っぽくてややインテリ気味の連中、ハードロックはいつの世も同じタイプの連中、フュージョンは気取った連中、という具合だろうか。
で、自分はというとプログレとフュージョンとの間、ジャズロックという分野が一番トライした。よって、精神分裂気味のバンド仲間が多かった。ブランドXだの、ソフトマシーンだの、今思えば無味乾燥したドライな音楽だけれど、テクニックとニッチな完成を誇りたくて日々がんばっていたものだ。
今も日本に帰ったとき時々レコード店を眺めては、誰も買いそうもないマイナーなCDがあるのを喜んでいる自分がいる。今でも誰かに話しても知っている人の方が99.9%で、せいぜい残りの0.1%が知っていればいいところ。
でも、今思えば結局はそんあテクニック追求バンドも若さゆえだったのだと思う。音楽はテクニックだのなんだの言っても結局は音楽そのものに感動できるかどうか、だから。テクニックなんてなくても、最初に聴いたイエスタデイの美しさに感動したほうがいつまでも心に残っている。
今、バンドをやったらやりたいのは、If I Fellを完全にコーラスできるようなメンバーでちゃんと(マチガイなく)コピーしたいなあ。でも、あの2人のコーラスの味は絶対に出ないけどな。だって今までコピーした連中であの味を出せた奴は絶対にいないから。テクニックじゃないんだよね。あの人たちの才能なんだな。
で、自分はというとプログレとフュージョンとの間、ジャズロックという分野が一番トライした。よって、精神分裂気味のバンド仲間が多かった。ブランドXだの、ソフトマシーンだの、今思えば無味乾燥したドライな音楽だけれど、テクニックとニッチな完成を誇りたくて日々がんばっていたものだ。
今も日本に帰ったとき時々レコード店を眺めては、誰も買いそうもないマイナーなCDがあるのを喜んでいる自分がいる。今でも誰かに話しても知っている人の方が99.9%で、せいぜい残りの0.1%が知っていればいいところ。
でも、今思えば結局はそんあテクニック追求バンドも若さゆえだったのだと思う。音楽はテクニックだのなんだの言っても結局は音楽そのものに感動できるかどうか、だから。テクニックなんてなくても、最初に聴いたイエスタデイの美しさに感動したほうがいつまでも心に残っている。
今、バンドをやったらやりたいのは、If I Fellを完全にコーラスできるようなメンバーでちゃんと(マチガイなく)コピーしたいなあ。でも、あの2人のコーラスの味は絶対に出ないけどな。だって今までコピーした連中であの味を出せた奴は絶対にいないから。テクニックじゃないんだよね。あの人たちの才能なんだな。
ハリウッドボウル。ここも最初のホテルカリフォルニアの旅(1981年)の時に見に行った。なんのことはない、ガラーンとした会場にただ1人突っ立って。しばらくたたずんでいて、頭の中にはアナログ盤でしか発売されていない「ライブアットハリウッドボウル」の曲順どおりにその演奏が再現されてきた。どうしても、そこでコンサートを見たかったからか、そのレコード全部頭の中で終わらないうちには動き出せなかったのを鮮明に覚えている。
歴史はそこでも動いていたわけだ。
どうして、ビートルズだけがあの時代、世界中を熱狂させたのだろう。今となっては、名曲は残っていても、熱狂はすでにない。集団熱病のようなあの現象は、ビートルズ以来、見たことがない。
ビートルズはアイドルでもあったし、ミュージシャンでもあった。そして最後はベールを脱ぎ、カリスマの顔が見え出した。ビートルズに向かって叫んでいた少女達は、そのときはカリスマの顔を知らなかったのだろうか?確かに、知らなかったのかもしれない。しかし、まちがいなく他のタレント達との明白な「違い」を体で感じていたのだろう。それは少女達にはなにかはわからなかったのかもしれないけれど、そのベールに隠れた違いこそが「ビートルズだけがあの時を凌駕し、あの現象を引き起こした」という理由のように思う。でなければ説明が付かない。ルックスのいいタレントでロックンロールを唄うなら誰でもいい、というわけではなかった。
ハリウッドボウルでの演奏は残されたものを聞く限り、絶叫の中でコンサートは終わる。それはアイドルグループの一面も確かにある。だけれども、その録音の裏側には、説明できないほどの大きな才能とエネルギーがまちがいなく潜んでいる。それに圧倒された若い感性が、無条件に反応したということ、それがビートルズの「現象」だった。そう思う。
4年前、ハリウッドボウルを訪れた。2度目だ。そしてそこには今もビートルズの「温度」が残っていた。それはあの当時を知る人の心に永遠に残る熱いままの温度なのだろう。歴史がそこで動いていたのだから。
*間さんのコメントに触発されて書くことにしました。
歴史はそこでも動いていたわけだ。
どうして、ビートルズだけがあの時代、世界中を熱狂させたのだろう。今となっては、名曲は残っていても、熱狂はすでにない。集団熱病のようなあの現象は、ビートルズ以来、見たことがない。
ビートルズはアイドルでもあったし、ミュージシャンでもあった。そして最後はベールを脱ぎ、カリスマの顔が見え出した。ビートルズに向かって叫んでいた少女達は、そのときはカリスマの顔を知らなかったのだろうか?確かに、知らなかったのかもしれない。しかし、まちがいなく他のタレント達との明白な「違い」を体で感じていたのだろう。それは少女達にはなにかはわからなかったのかもしれないけれど、そのベールに隠れた違いこそが「ビートルズだけがあの時を凌駕し、あの現象を引き起こした」という理由のように思う。でなければ説明が付かない。ルックスのいいタレントでロックンロールを唄うなら誰でもいい、というわけではなかった。
ハリウッドボウルでの演奏は残されたものを聞く限り、絶叫の中でコンサートは終わる。それはアイドルグループの一面も確かにある。だけれども、その録音の裏側には、説明できないほどの大きな才能とエネルギーがまちがいなく潜んでいる。それに圧倒された若い感性が、無条件に反応したということ、それがビートルズの「現象」だった。そう思う。
4年前、ハリウッドボウルを訪れた。2度目だ。そしてそこには今もビートルズの「温度」が残っていた。それはあの当時を知る人の心に永遠に残る熱いままの温度なのだろう。歴史がそこで動いていたのだから。
*間さんのコメントに触発されて書くことにしました。
今日、また日本の政治家が自殺したらしい。日本の政治の混迷はどうも見ていて収まりそうもない。いつでも何か理念以外のことで動機が作られていく。純粋に国を造ること、夢を託して未来を見ること、そんな政治や社会は消え去ろうとしているのだろうか。
政治家でも誰であっても、邪念に取り付かれた人はそこで戻るべき道を見失う。結局は、純粋であり真摯な目的の探求だけが崇高な姿を守り続けることができる。
政治に邪念は多すぎる。だから見ていてなにも信じられない。この国はなにかおかしい。歯車が狂い続けるなら、最後にはすべてが崩壊して終焉を迎える。
話は違うけれど、終焉を迎えることを知ったビートルズが最後に真摯に向かい合ったのは紛れもなく音楽であった。それが純粋な姿を取り戻す方法であることをメンバーが知っていたのだろう。それが、アビーロードを完成させたわけだから。もし、邪念が少しでも残っていたら、まだレットイットビーのままの状態であったろうし、Becauseのコーラスもあの一糸乱れぬ純度までは到達しなかったように思う。
ビートルズの音楽を否定できない凄さはここだ。彼らがすべてを音楽だけに捧げるなら、硬質なダイヤモンドのような作品が出来上がる。それは崩壊を知らない。
滅びることは新しいことを生み出すこともある。しかし日本の今は何かを生み出す力は残っているのだろうか。
政治家でも誰であっても、邪念に取り付かれた人はそこで戻るべき道を見失う。結局は、純粋であり真摯な目的の探求だけが崇高な姿を守り続けることができる。
政治に邪念は多すぎる。だから見ていてなにも信じられない。この国はなにかおかしい。歯車が狂い続けるなら、最後にはすべてが崩壊して終焉を迎える。
話は違うけれど、終焉を迎えることを知ったビートルズが最後に真摯に向かい合ったのは紛れもなく音楽であった。それが純粋な姿を取り戻す方法であることをメンバーが知っていたのだろう。それが、アビーロードを完成させたわけだから。もし、邪念が少しでも残っていたら、まだレットイットビーのままの状態であったろうし、Becauseのコーラスもあの一糸乱れぬ純度までは到達しなかったように思う。
ビートルズの音楽を否定できない凄さはここだ。彼らがすべてを音楽だけに捧げるなら、硬質なダイヤモンドのような作品が出来上がる。それは崩壊を知らない。
滅びることは新しいことを生み出すこともある。しかし日本の今は何かを生み出す力は残っているのだろうか。
初めて海外旅行をしたのは21歳のとき、ロサンゼルスだった。数年前にホテルカリフォルニアが発売になったあと。ロサンゼルスでそのジャケットと同じホテルを見たときはやたらに感激した。本当にLAにキタゾーってな感じで。
アメリカではブルース・スプリングスティーンのコンサートを見て、死にそうになった。カッコよくて、エネルギー満載。まだまだ日本では、ロックコンサートでも座ってみているような時代。会場総立ちで踊りまくって唄いまくってそれでヘトヘトでコンサートは終了。これぞ、アメリカ!という感激だった。
今日、アメリカンロックの過去からの作品を少し聞き出していたら、そんな思い出がよみがえってきた。1981年、いい時代だった。だけれども、そこにはもうジョンはいなかったけれど。1980年だから、ジョンが突然いなくなっちゃったのは。
海外が遠かった時代、そこに行くことは夢だった。遠いアメリカ、遠いイギリス。
はじめてリバプールに行ったときは、すでにそれから8年後、1989年になっていた。あのグループは解散していたし、親分だった人はすでに死んでしまっていた。暗く、沈んだ町。冗談でも言っていないと落ち込みそうな雰囲気の町。数年前に見たアメリカの雰囲気と180度違っていた。でも、ここでアメリカをも席巻したあのグループは生まれたわけだ。そしてそれで自分のその後の人生も180度変わったわけだ。
ホテルカリフォルニアの時の体を動かす感激はリバプールにはなかった。ただ、自分の原点に触れた喜びがあった。熱い涙も流れた。
1989年、若かったなあ。
アメリカではブルース・スプリングスティーンのコンサートを見て、死にそうになった。カッコよくて、エネルギー満載。まだまだ日本では、ロックコンサートでも座ってみているような時代。会場総立ちで踊りまくって唄いまくってそれでヘトヘトでコンサートは終了。これぞ、アメリカ!という感激だった。
今日、アメリカンロックの過去からの作品を少し聞き出していたら、そんな思い出がよみがえってきた。1981年、いい時代だった。だけれども、そこにはもうジョンはいなかったけれど。1980年だから、ジョンが突然いなくなっちゃったのは。
海外が遠かった時代、そこに行くことは夢だった。遠いアメリカ、遠いイギリス。
はじめてリバプールに行ったときは、すでにそれから8年後、1989年になっていた。あのグループは解散していたし、親分だった人はすでに死んでしまっていた。暗く、沈んだ町。冗談でも言っていないと落ち込みそうな雰囲気の町。数年前に見たアメリカの雰囲気と180度違っていた。でも、ここでアメリカをも席巻したあのグループは生まれたわけだ。そしてそれで自分のその後の人生も180度変わったわけだ。
ホテルカリフォルニアの時の体を動かす感激はリバプールにはなかった。ただ、自分の原点に触れた喜びがあった。熱い涙も流れた。
1989年、若かったなあ。
関連タグ : ビートルズ, リバプール, ホテルカリフォルニア,
最近、時々見る映画がLet it be。まだ正式にはビデオやDVDではリリースされていないはずだけれど、YouTubeなんかで結構見れるので、うまく楽しんでいる。
ふと思ったけれど、あの映画の中で死んだ人たち…
ジョン、ジョージ、ビリープレストン、マルエバンス(ローディ)、それ以外の数人のスタッフも死んでいる。なんということか。
映画の中では才能飛び散る連中の姿はそのまま、そして見ているほうもなんの不思議もなく映画と音楽を楽しんでるのに、登場人物がほとんどこの世にいない。作品の生命力たるや、本当に凄い。もう38年前だって言うのに。
今日はシンミリするけれど、人の命は実にはかない。これだけ才能が溢れて世界を凌駕したエネルギーでさえ、すでにもう世に残り少ない。38年、長いだろうけれど、一瞬に過ぎ去る。いかに時間が大切であり、同時に残酷なものであることか。いつも突っ張って100%で疾走するのはまず難しいけれど、なにかしら光り輝く時を大切にしないとせっかく世にいる時間が空しくなるか…そんな真摯な想いがよぎった。
俺も年取ったな。
でも、いまだに映画の中の20代の若造に生きるエネルギーをもらい続けているんだから、彼らには本当に感謝。才能は尊く不滅なもの。それに触れて生きるときに生まれたことだけでも嬉しく思うべきなのだろう。
ふと思ったけれど、あの映画の中で死んだ人たち…
ジョン、ジョージ、ビリープレストン、マルエバンス(ローディ)、それ以外の数人のスタッフも死んでいる。なんということか。
映画の中では才能飛び散る連中の姿はそのまま、そして見ているほうもなんの不思議もなく映画と音楽を楽しんでるのに、登場人物がほとんどこの世にいない。作品の生命力たるや、本当に凄い。もう38年前だって言うのに。
今日はシンミリするけれど、人の命は実にはかない。これだけ才能が溢れて世界を凌駕したエネルギーでさえ、すでにもう世に残り少ない。38年、長いだろうけれど、一瞬に過ぎ去る。いかに時間が大切であり、同時に残酷なものであることか。いつも突っ張って100%で疾走するのはまず難しいけれど、なにかしら光り輝く時を大切にしないとせっかく世にいる時間が空しくなるか…そんな真摯な想いがよぎった。
俺も年取ったな。
でも、いまだに映画の中の20代の若造に生きるエネルギーをもらい続けているんだから、彼らには本当に感謝。才能は尊く不滅なもの。それに触れて生きるときに生まれたことだけでも嬉しく思うべきなのだろう。
今日は付き合い酒だった。仕事とはいえ、付き合い酒はあまりないほうがいい。酔っ払ってどうしようもなくなるのも付き合い酒。時にはありだろうなあ。
酒は思考回路が麻痺するけれど、同じ麻痺するならマリファナでもやるほうがいいのか?少しはアーチストに近づけるかもしれない。経験はないのでわからんが。
経験談話(アメリカでの話)によると、マリファナやってぶっ飛んだとき最高にクラクラした曲がサージェントペパーのWithin you Without youとA day in the life だったそうだ。あの作品自体がマリファナ作品のようなものだから当然かもしれないけれど。
それ以外でトリップして楽しめそうな作品は…ヤッパリ、ジョンのコールドターキーにはかなわんか…。あれは狂気だって。
酒は思考回路が麻痺するけれど、同じ麻痺するならマリファナでもやるほうがいいのか?少しはアーチストに近づけるかもしれない。経験はないのでわからんが。
経験談話(アメリカでの話)によると、マリファナやってぶっ飛んだとき最高にクラクラした曲がサージェントペパーのWithin you Without youとA day in the life だったそうだ。あの作品自体がマリファナ作品のようなものだから当然かもしれないけれど。
それ以外でトリップして楽しめそうな作品は…ヤッパリ、ジョンのコールドターキーにはかなわんか…。あれは狂気だって。
久々に文章でも書こうかという気になってきたのでまあいい傾向だ。なにもしたくないほど面倒なことが多いと、とにかく平静を取り戻すまで生きた気がしない。
近くに大自然を味わえる場所があって、そこにしばらく身をゆだねた。疲労回復を祈願して。大きな緑の丘と岩肌に打ち寄せる波を眺めていてポールのMull of Kintierを思い出して口ずさんだ。いい雰囲気なのだ。あのゆったりとしたメロがなぜか雰囲気にあう。
ポールもスコットランドに飛行機で端から端まで20分もかかるような広大な土地を購入したのは、ビートルズの喧騒がひどかったころ。ポールもそれらを逃れて大自然の中で口笛でも吹いていたのだろう。
こちらは少しばかりの写真集です。
ディランのコメント、いいねえ。
確かに、ポールは批判も多いけれど、心底凄いアーチストなんだよね。みんな変に言いにくいんじゃない?ビートルズは凄いとかポールは凄いgとか。当たり前すぎて言葉に出すとなんか薄っぺらくなるような…。
以下、引用:
ディラン「俺が畏敬の念を抱いてるのはポールだけ」
5月18日8時11分配信 BARKS
カイザー・チーフスのリッキー・ウィルソンがポール・マッカートニーの偉大さを称えたばかりだが(参照: 「K・チーフス、「マッカートニーこそ、英国一の偉人」」 )、別のところでボブ・ディランもマッカートニーを称賛していた。ディランは、自分が「畏敬の念を抱いているのは、マッカートニーだけだ」と最高級ともいえる賛美の言葉を発した。
NME.COMによると、ディランは『Rolling Stone』誌のインタヴューでこう話したという。「(ジョン・レノンとマッカートニーは)素晴らしいシンガーだった。いまだに、彼らに勝るシンガーを探すのは難しい。マッカートニーには畏敬の念を抱いてるよ。俺がそう思う唯一の人物だろうな。彼は何でもできる。それに手を休めるってことを知らない……。いまいましいほど、簡単にやっちまうんだ」
ディランはまた、マッカートニーの元バンド・メイト、ジョージ・ハリソンについても話している。ハリソンは、レノンとマッカートニーという2人の天才ソング・ライターにはさまれ、フラストレーションを感じていたという。「ジョージはビートルズで、苦悩してたよ。レノンとマッカートニーがいたら、自分の曲がアルバムに収録されるのは難しいからね。でも(あの2人相手に)苦悩しない奴なんかいるかい? もし当時、ジョージが自分のバンドを作って曲を書いていたら、ものすごくビッグになってたと思うよ」
来週(5月24日)、66歳の誕生日を迎えるディランは6月下旬から北米ツアーをスタートする。「手を休めることをしらない」のは彼も一緒だ。




