久しぶりに明日、日本に帰る。10日ほどだけれど、まあ旨いものでもたくさん食べて元気つけようと思う。とにかく、こっちにいるとほとんど和食はない。またはあっても種類はないし、味は半分程度の完成度、それでも料金は日本の倍。ということで、和食をはじめ世界の味の食道楽を期待するけれど、こういうときは日本はいい。なんたって味は宝庫のように様々あるし、娯楽も無尽蔵。
1989年、初めてイギリスに行ったときは驚いた。うまいものどころか、レストランでもろくなものもなく、食生活は極めて質素。これが先進国かとおもうような現状に驚きまくった。で、それが1989年。
ということはビートルズの連中があそんでいた60年代というと、相当惨たんたる状況だったのは想像できる。ほとんどフィッシュアンドチップス程度だったんじゃないかって。特にリバプールなんていうのはほとんど「外食」なんてのも期待できなかったはずだし。
食に限らずおそらくぜいたく品はほとんどなかったような時代だったのだ。それで、アメリカだの世界だので何が起きてるかさえ知らないのに、突然アメリカで爆発して、世界旅行の連発。
変な興味があるのは、世界旅行で仮にいいことってなんだったんだろう。彼らはよくコンサートはもうコリゴリっていってたから、それはなしとして、美味い食い物か?美女か?観光か?
観光は興味なさそうだ。でも、オランダあたりでは相当夜遊びしてジョンあたりは売春宿から這い出てきた写真もあるようだし、それも楽しんだろうな、若いから。でも、食い物もおそらく興味なかったんじゃないかな?彼らがインタビューでもなんであっても食い物の話をしてるのはほとんどない。せめてベジタリアンになったという程度。
で、俺はというと日本に帰るというと、すぐ、メシ。これじゃ、パターンが違いすぎるって。メシより大切なこともあるだろうに。わかっている、それはわかっている。痛いほど。でも、避けられないのがメシ。だめだ、これって現代病じゃねえか?だってイギリスではなんにもなくてもOKだし、今だって和食も食べなくても毎日やっていけるのに、一度美味な味を知ると思い出しただけで食いたくなる。だからデブが増える。
60年代イギリスロックミュージシャンにデブがいない理由、なんとなくわかる。つまり、美味い食い物がなかったのだ。食わないならデブにならないって。だって、その頃アメリカじゃしっかりデブはいたから。
ビートルズに1人でもデブがいちゃ、アイドルは務まらなかったろう。俺はアイドルじゃない。だからこれでいい。さあ、メシ食うぞ!

ビートルズの思いでは尽きないけれど、それは僕よりもポールやリンゴの残されたメンバーの方が当然大きいことなのだろう。
今日、久々にYouTubeでビデオを眺めていたけれど、Let it beの屋上シーンなんかになると、マジでカッコよすぎだって。あんなに突然屋根の上で演奏してバシっと演奏決めて、下には群集が神でも見上げるかのような微笑みを浮かべて上を見つめる。当時の威力が見えてくるようだし、4人の姿もどれだけ喧嘩状態であったとしても若さと輝きに満ちている。
最後にFree as a birdとReal loveを久々に見たけれど、特にReal loveのほうの映像はレコーディング風景も出てきて、現在に近い。ポールがヘッドホーンをして最後の方のシーンでジョンの歌声に合わせて目をつぶって歌っているシーン…涙。こんなのを見てると彼らは本当に幼い頃からの親友だったんだろうと改めて思ってしまう。
解散から24年後、ジョンはいない。でも、集まって楽器を弾いているだけで全員がまたあの屋上シーンのように輝く。でも、ジョンはいない。ポールの目をつぶった表情だけは、Let it beの屋上のイメージとは違う。あの屋上でジョンと一緒に歌っていたポールは、ここではジョンの録音された声だけを追いかけていた。そのときのポールの気持ち…なぜか勝手だろうけれど、痛いほど伝わってくる気がした。
ジョンは生前、誰だろうとポールの悪口は言わせなかったそうだ。ポールは自分の兄弟のような存在だ、というのがジョンの口癖だったようだけれど、この言葉を知りつつポールのこの表情を見ていると、世間の野次馬の話は、ビートルズのメンバーにはどうでもよかったんだろうとおもってしまった。ジョンとポールのように、全員が兄弟だったのだろう。
アンソロジーの2つのビデオは、彼らがビートルズ時代、何があったとしても最高の友人だったことを伝えている気がした。3人のここでの表情は凄い開放感と幸福感が満ち溢れている。1人でいるより、皆でいるほうが楽しかったことを思い出したんだろうなあ。
参考まで、これはファンが作ったらしいけれど、当然これが夢なんだろうね、作者の。
ジョージのアルバムで一番好きなのは??まちろん日によって変わるけれど、案外「Extra Texture」が選ばれる回数が自分の中では多い。世間じゃ相当マイナーな作品のようだけれど、自分にとっては当時を思い出すほど好きだった作品。
内容はジョージのブルージーな才能をAOR風にアレンジしたような作風か?でも、ジョージのプロデューサーとしての才能はこの作品で相当堪能した。全曲いいのだけれど、アレンジに無名だったデビッドフォスターを起用したり(つまりデビッドフォスターを発掘したのは間違いなくジョージだったわけだ)、レオンラッセルが泣かせるピアノを弾いてくれたり、相変わらずいい作品のギターソロはジェシーエドデイビスなどに弾かせて自分の出所を抑えていたりで、ジョージはギターリストでもあるけれど、プロデューサー的な役割が本当にうまかったんだろうと思う作品だった。
ジョージをやじる人は必ずジョージはギターが下手だったということになるけれど、それに対してはコメントに値しないのでパス。でも、ジョージはエリックにあの名曲を弾かせたり、ポールに税金の歌でギター弾かれたり、サムシングでベースが踊りだしたりしても、結局は名曲になるほうを好んだのだろうと思うし、しばしばジョージはインタビューでもそのように答えている。自分が弾き続けて目立つことにもあまり興味はなく、作品としての完成度で満足を得られるほうがジョージは好きだったんだろう。ただ、リードギタリストである限りいちいちギターのテクニックを語られるので間違ったほうに話が行ってしまう。考えてみれば、ジョンとポールのサポートしたミュージシャンで満足な結果だせたのっているか?ジョージよりまともなサポートできた奴いるのか?素直な疑問。あの巨人の脇を固めたのって、それだけで壮絶な仕事じゃないか?
Extra Textureは大好きだけれど、ジョージのこの作品主義的なセンスのよさと曲自体の美しさが際立った作品だった。This Guitarなんて、ビートルズの白アルバムのあの曲をパロッて作ったらしいしけれど、十分名作だ。でも、そういわれるまでコード進行まで同じで作ったのも気が付かないほど連想させない。Tired midnight blueなんざ、カッコいいブルースじゃないの。
いい完成度だし文句も言えないほど好きだけれど、なんで世間じゃ人気なしなの?わからん。
内容はジョージのブルージーな才能をAOR風にアレンジしたような作風か?でも、ジョージのプロデューサーとしての才能はこの作品で相当堪能した。全曲いいのだけれど、アレンジに無名だったデビッドフォスターを起用したり(つまりデビッドフォスターを発掘したのは間違いなくジョージだったわけだ)、レオンラッセルが泣かせるピアノを弾いてくれたり、相変わらずいい作品のギターソロはジェシーエドデイビスなどに弾かせて自分の出所を抑えていたりで、ジョージはギターリストでもあるけれど、プロデューサー的な役割が本当にうまかったんだろうと思う作品だった。
ジョージをやじる人は必ずジョージはギターが下手だったということになるけれど、それに対してはコメントに値しないのでパス。でも、ジョージはエリックにあの名曲を弾かせたり、ポールに税金の歌でギター弾かれたり、サムシングでベースが踊りだしたりしても、結局は名曲になるほうを好んだのだろうと思うし、しばしばジョージはインタビューでもそのように答えている。自分が弾き続けて目立つことにもあまり興味はなく、作品としての完成度で満足を得られるほうがジョージは好きだったんだろう。ただ、リードギタリストである限りいちいちギターのテクニックを語られるので間違ったほうに話が行ってしまう。考えてみれば、ジョンとポールのサポートしたミュージシャンで満足な結果だせたのっているか?ジョージよりまともなサポートできた奴いるのか?素直な疑問。あの巨人の脇を固めたのって、それだけで壮絶な仕事じゃないか?
Extra Textureは大好きだけれど、ジョージのこの作品主義的なセンスのよさと曲自体の美しさが際立った作品だった。This Guitarなんて、ビートルズの白アルバムのあの曲をパロッて作ったらしいしけれど、十分名作だ。でも、そういわれるまでコード進行まで同じで作ったのも気が付かないほど連想させない。Tired midnight blueなんざ、カッコいいブルースじゃないの。
いい完成度だし文句も言えないほど好きだけれど、なんで世間じゃ人気なしなの?わからん。
今日、テレビで80年代のMTVを放映していた。考えてみれば80年代は洋楽は大衆音楽となり、MTVは洋楽をメジャーな存在にするために極めて重要だった。それまでロックもポップスもレコードだけで楽しむものだったのが、突然カッコいい映像とともに流れ出したから一般学生でもなんなく洋楽を楽しめた。小林克也はあの顔でありながらDJのスターとなるし、まあ、80年代の洋楽はどんどん量産型になり大衆化が定着した。
思い出すと、どんなバンドやミュージシャンも70年代中盤以降MTVの登場をきっかけにするようにメジャーになった。それまでマイナーな存在でいかにも一部受けして極限的なオタク状態の特権階級を誇りにしていたファンのいるプログレだのヨーロッパ系のミュージシャンなんかも相当メジャーに登場してきてポップスを歌い始めた。笑った。
イエス、ジェネシス(ピーターガブリエル)、スーパートランプ、ASIA、こんないかにもカッコつけまくっていた連中が売れなくなると同時にポップス映像で登場したわけだから。金ほしさの商売、生き残り作戦、ノンポリ、いくらでも形容詞が付いて笑いを誘った。言葉は悪いけれど、本当に自分の周りではそういう評価しかなかった。
生き残るためには多かれすくなかれ誰でもスタイルは変えていくのだろうし新しいこともしたくなるのだろうけれど、このあたりの売れようとする姿勢は当時はまあ生意気なファンには相当馬鹿にされた。ミュージシャン側もいい迷惑だろう。売れたら今度は嘲笑の対象になるんだから。
60年代からメジャーの代名詞、最大のメジャーバンドは誰がなんと言ってもビートルズでしかない。それは解散しても全く変わらず存在感は常に最高のメジャーステータスであり続けている。
よって、メジャーであること、売れることをアンチに考える連中からは常に最大限の批判や野次を受ける。一番メジャーなんだから当然。しかし、ビートルズが批判はされても嘲笑の対象にならないのは、やはり本質が違うからだ。最大のメジャーであり、すべての音楽を包括する彼らの作品はいかに野次を言っても、笑う対象とはならない。崇高なものは笑えないのだ。逆にいくら売れまくってもテキトーなものはいくらでも笑い飛ばせる。
ビートルズが60年代に登場してMTVもなかった時期、それは実は音楽の最高の時代だったように思う。レコードだけが音楽との接点で、それだけで時代は動いた。映像はなくとも音楽だけでなにかが変わった。なんと凄い力。映像のような付加価値情報はないけれど、純粋な音楽の力でしか勝負できなかった時代。AMの雑音だらけのラジオと5センチ位のスピーカーしかないモノラルレコードプレーヤーだけが音楽の窓口だった時代。そこから聞こえてきた音楽はテレビの力を超えていた。かつて経験したことのない、わけもわからない音楽に、底知れぬ感動と嬉しさと驚き、それに涙さえが生まれた。どれだけメジャーに変わってもそこには笑いも起きるわけもない。それどころじゃなかったから。真剣に聞いて驚いて世界は動いた。
60年代のあの頃、80年代からのポップスのメジャー化とはやはりどこか違う。どちらがいいとか悪いとかももうどうでもいいけれど、個人的にはできるならあの感動をビートルズじゃなくてもいいから、また体験してみたい気もする。時代の才能とともに動き変わっていく世界で、胸踊る未知なものへの期待感。
ビートルズはあのころからずっとメジャーな存在だった。
思い出すと、どんなバンドやミュージシャンも70年代中盤以降MTVの登場をきっかけにするようにメジャーになった。それまでマイナーな存在でいかにも一部受けして極限的なオタク状態の特権階級を誇りにしていたファンのいるプログレだのヨーロッパ系のミュージシャンなんかも相当メジャーに登場してきてポップスを歌い始めた。笑った。
イエス、ジェネシス(ピーターガブリエル)、スーパートランプ、ASIA、こんないかにもカッコつけまくっていた連中が売れなくなると同時にポップス映像で登場したわけだから。金ほしさの商売、生き残り作戦、ノンポリ、いくらでも形容詞が付いて笑いを誘った。言葉は悪いけれど、本当に自分の周りではそういう評価しかなかった。
生き残るためには多かれすくなかれ誰でもスタイルは変えていくのだろうし新しいこともしたくなるのだろうけれど、このあたりの売れようとする姿勢は当時はまあ生意気なファンには相当馬鹿にされた。ミュージシャン側もいい迷惑だろう。売れたら今度は嘲笑の対象になるんだから。
60年代からメジャーの代名詞、最大のメジャーバンドは誰がなんと言ってもビートルズでしかない。それは解散しても全く変わらず存在感は常に最高のメジャーステータスであり続けている。
よって、メジャーであること、売れることをアンチに考える連中からは常に最大限の批判や野次を受ける。一番メジャーなんだから当然。しかし、ビートルズが批判はされても嘲笑の対象にならないのは、やはり本質が違うからだ。最大のメジャーであり、すべての音楽を包括する彼らの作品はいかに野次を言っても、笑う対象とはならない。崇高なものは笑えないのだ。逆にいくら売れまくってもテキトーなものはいくらでも笑い飛ばせる。
ビートルズが60年代に登場してMTVもなかった時期、それは実は音楽の最高の時代だったように思う。レコードだけが音楽との接点で、それだけで時代は動いた。映像はなくとも音楽だけでなにかが変わった。なんと凄い力。映像のような付加価値情報はないけれど、純粋な音楽の力でしか勝負できなかった時代。AMの雑音だらけのラジオと5センチ位のスピーカーしかないモノラルレコードプレーヤーだけが音楽の窓口だった時代。そこから聞こえてきた音楽はテレビの力を超えていた。かつて経験したことのない、わけもわからない音楽に、底知れぬ感動と嬉しさと驚き、それに涙さえが生まれた。どれだけメジャーに変わってもそこには笑いも起きるわけもない。それどころじゃなかったから。真剣に聞いて驚いて世界は動いた。
60年代のあの頃、80年代からのポップスのメジャー化とはやはりどこか違う。どちらがいいとか悪いとかももうどうでもいいけれど、個人的にはできるならあの感動をビートルズじゃなくてもいいから、また体験してみたい気もする。時代の才能とともに動き変わっていく世界で、胸踊る未知なものへの期待感。
ビートルズはあのころからずっとメジャーな存在だった。
実は、すでに会社勤めをやめて15年が過ぎようとしている。なんとまあ、よくも独力でここまでこれたものだ。奇跡かもしれないくらい幸運だ。なんの当てもなくカッコつけて独立して、本当になんとか、なんとか、だった。
今思い出すと、会社に入るときはがんばって会社で「デキル」人間になろうとした。でも、才能はなかった。組織はむかないのだろうと思ってサラリーマンと決別しようとしたが、最初は何をすればでは食っていけるかさえわからなかった。サラリーマンを脱出するのはかなり体力と気力を要した。当然だけれど、不安もよぎった。
なんだ、この話は?社会科の話か道徳の授業か??いや違う、違いすぎる。問題は、こんな悩みを抱えていたことを思い出して、どうしようもなく凡人の極みを見た。今日は落ちた。久々に自分でも落ちたのがわかった。いろいろあって、面倒が重なって、落ちていったら、結局は自分の「凡人論」になった。まいるぜこれは…
考えてみれば、ビートルズの連中も相当頭はいいけれど、彼らは最初から社会の枠などは気にしていなかった。最初から音楽。最初から社会人なんて言葉もないし、そして目的は音楽。若いとき、青年期からずっと迷わずそれ。そして成功。結果論かもしれないけれど、これこそ才能を持つ身の許せる技じゃ。
どんな成功者も結構道を決めるときは悩むもの。ミックジャガーもプロに足を突っ込むのを相当戸惑ったらしいし、なにかしらの迷いは多くの普通の人間は持つ。しかし、奴らはそれがない。歌って笑ってギター鳴らしてドイツ行ってロンドンいって録音してラジオで流れていつの間にか貴族の前で歌い始めてその挙句にはアメリカ上陸で大爆発。その間わずかに1年や2年の間で将来は決着。そして5年後には世界のカリスマになって神の領域に達する。
(参考まで、ビートルズは今より当時の方がはるかに神がかっていた)
せいぜい奴らが立ち往生したのはデビューオーディションのときくらいだろう。でも結局ジョージマーチン引き当てて完全勝利。
この人生も最高だろうなあ。もちろん悩みがあったのはわかるけれど、凡人からすると、そりゃ贅沢じゃないかいって。
こっちはサラリーマンやめるのに四苦八苦してここまで来て幸運だなんのって。しかしアッチでは、この通りの流れるような、流しソウメンのようにしなやかな出世街道。
自分には満足している。それは認める。なぜなら努力してなんとか好き勝手やったから。しかし、欲を言えば俺も口ずさんだ歌がラジオでヒットチャート1位を独創するような才能があったなら…1万回以上はそんなことも考えてきたが、今日あらためてそんな自分の存在に気づいた。
ハードデイズナイト一晩で作ってきたジョン、スタジオに朝入ってバースデーのギターリフ弾いて午後にはレコーディング終了のポール。クラプトンの家でギター弾いて太陽が出てきたって歌って名曲になるジョージ。あまりに比較の対象がわるいってことだろう。そう思わんとこういうときは脱出できんって。
今思い出すと、会社に入るときはがんばって会社で「デキル」人間になろうとした。でも、才能はなかった。組織はむかないのだろうと思ってサラリーマンと決別しようとしたが、最初は何をすればでは食っていけるかさえわからなかった。サラリーマンを脱出するのはかなり体力と気力を要した。当然だけれど、不安もよぎった。
なんだ、この話は?社会科の話か道徳の授業か??いや違う、違いすぎる。問題は、こんな悩みを抱えていたことを思い出して、どうしようもなく凡人の極みを見た。今日は落ちた。久々に自分でも落ちたのがわかった。いろいろあって、面倒が重なって、落ちていったら、結局は自分の「凡人論」になった。まいるぜこれは…
考えてみれば、ビートルズの連中も相当頭はいいけれど、彼らは最初から社会の枠などは気にしていなかった。最初から音楽。最初から社会人なんて言葉もないし、そして目的は音楽。若いとき、青年期からずっと迷わずそれ。そして成功。結果論かもしれないけれど、これこそ才能を持つ身の許せる技じゃ。
どんな成功者も結構道を決めるときは悩むもの。ミックジャガーもプロに足を突っ込むのを相当戸惑ったらしいし、なにかしらの迷いは多くの普通の人間は持つ。しかし、奴らはそれがない。歌って笑ってギター鳴らしてドイツ行ってロンドンいって録音してラジオで流れていつの間にか貴族の前で歌い始めてその挙句にはアメリカ上陸で大爆発。その間わずかに1年や2年の間で将来は決着。そして5年後には世界のカリスマになって神の領域に達する。
(参考まで、ビートルズは今より当時の方がはるかに神がかっていた)
せいぜい奴らが立ち往生したのはデビューオーディションのときくらいだろう。でも結局ジョージマーチン引き当てて完全勝利。
この人生も最高だろうなあ。もちろん悩みがあったのはわかるけれど、凡人からすると、そりゃ贅沢じゃないかいって。
こっちはサラリーマンやめるのに四苦八苦してここまで来て幸運だなんのって。しかしアッチでは、この通りの流れるような、流しソウメンのようにしなやかな出世街道。
自分には満足している。それは認める。なぜなら努力してなんとか好き勝手やったから。しかし、欲を言えば俺も口ずさんだ歌がラジオでヒットチャート1位を独創するような才能があったなら…1万回以上はそんなことも考えてきたが、今日あらためてそんな自分の存在に気づいた。
ハードデイズナイト一晩で作ってきたジョン、スタジオに朝入ってバースデーのギターリフ弾いて午後にはレコーディング終了のポール。クラプトンの家でギター弾いて太陽が出てきたって歌って名曲になるジョージ。あまりに比較の対象がわるいってことだろう。そう思わんとこういうときは脱出できんって。
ポールの作品は、当然だけれどビートルズのアルバムよりはるかに多く作られている。解散して40年近くがたつなかでずっと創作活動をしているわけだから、わずか8年間のビートルズの記録よりは当然アルバムの枚数もはるかに多くなる。それでも、ビートルズの作品は輝くわけだから、とんでもないビートルズという遺産を背負い込んだ本人たちはビートルズの存在を常に意識していたのだろう。
ポールの数ある作品の中で、好きな曲を書き出したら実はいくらでもあってどんどん書いていける。解散後、ポールの作品は決して悪くない。ただ、そばにあの3人がいないだけでどうしても価値が減る。それがファンというものだろうか。
好きな作品、C'mon peopleは大好きだ。ジョンを意識したのだろうし、コンサートでもジョンの写真をバックに歌った記憶が鮮明だ。このメロディの高揚感はポールのバラードの特徴だけれど、もしビートルズとして発表されていればやはり名作として残っていくような作品のように思う。
ビートルズの凄いところはそこじゃないか。4人で作ると、普通の作品がそれ以上の意味を持ってくることすらある。全員の作品が混ざり合うと、なぜか単体の作品の生命力を増幅させてしまう。
C'mon peopleはポールの凄い才能を見た思いがする作品だったし、ずっとさかのぼればLittle lamb dragonflyやSome people never know, Dear boy, Love in song あたりの若き頃の作品の質をも凌駕している気すらした。おそらく、ポールはこの作品を作るときかなりジョンを思い出したり意識したりしたのではないだろうか。それがこの曲の生命力を増幅させたように思ってしまう。勝手なファンの心情だけれど。
本当に聞いてて泣ける作品なのだ。
C'mon people, C'mon, C'mon, please please me, だよ、まったく。
ビートルズは今は男の方がおそらくファンは多いのだろう。当然だけれど、アイドルとしても君臨していた頃は女性ファンのほうが圧倒的に多かったはずだ。いつ頃から男のほうが多くなったかは不明だけれど、すくなくともアイドルが終わったとき以降となるのだろう。
僕がビートルズを最初に追い始めたときは、おそらく日本ではまだビートルズは社会で認識も甘かった。完全な反逆児として扱われていたので、ビートルズのようになるな、という教師達のテーゼはまだまだ健在だった。教科書にのるなんてのもとんでもないことだった。
今ロックはもう反社会というレッテルはほとんどなく、ひとつの若者音楽の分野に過ぎない。ロックコンサートに行くことが不良だったり社会にとって危険なことである意識はもうすでにない。ある意味ではつまらないことだけれど、それも事実。
しかし、これだけは事実を声高々にいいたいけれど、ロックが肩身の狭い思いをした時代を乗り切ってこれたことは、ビートルズが最も貢献度が高い。エルビスもディランも大いなる存在ではあるけれど、世界で保守と戦って若者の文化を正当に広範囲にいたるまで広めたのはビートルズが最大の旗手だった。ストーンズやフーなどのイギリスのバンドはビートルズに比べると社会へのインパクトと影響力は、はるかにマイナーな存在でしかなかったし、むしろ60年代のイギリスの多くのバンドはビートルズを手本にしていたような感すらあり距離感は相当なものだった。
その後、ビートルズは解散し、ハードロックが台頭し60年代のストーンズやフーも主役をハードロックバンドやプログレバンドに譲った70年代は、人々の道徳観という名の堤防が決壊しどんどんありとあらゆるバンドが保守や世評などを気にしないで登場してこれた。ある意味では70年代がロック何でもありの楽しい時代だったのかもしれない。
時代は流れ、今はロックは主張すら少なく感じる。でも当然だ。すでにロックは市民権を持っていて社会に反抗する必要がないわけだから。ロックは単なるひとつの音楽分野になったのかもしれない。
社会でぎりぎりのところで楽しんでいたロックの時代、ビートルズを追っかけたミーハーファンは明らかに純粋であったとしても、一面社会では反抗的だった。今、様々なロックコンサートに行ってみて、その客席の風景にはすでにロックコンサートの危ない雰囲気はない。正直、どんなコンサートに行ってもそれは同じで、65年のビートルズ来日で叫び続けたミーハーファンのほうがよほど体を張って社会と戦っていたと思う。
60年代、ビートルズの時代、激動する時代だった。ビートルズが美しい曲を書いたからポップバンドというのは全く違う。彼らにはすべての音楽に通じるアートな才能があっただけだ。そして、当時の彼らほど社会を破壊したエネルギー満載のロックンロールバンドはいまだかつてなかった。 今、男のファンが増えたからこそ思い出すけれど、あの頃の女性ファンは今なにをしているんだろう。
僕がビートルズを最初に追い始めたときは、おそらく日本ではまだビートルズは社会で認識も甘かった。完全な反逆児として扱われていたので、ビートルズのようになるな、という教師達のテーゼはまだまだ健在だった。教科書にのるなんてのもとんでもないことだった。
今ロックはもう反社会というレッテルはほとんどなく、ひとつの若者音楽の分野に過ぎない。ロックコンサートに行くことが不良だったり社会にとって危険なことである意識はもうすでにない。ある意味ではつまらないことだけれど、それも事実。
しかし、これだけは事実を声高々にいいたいけれど、ロックが肩身の狭い思いをした時代を乗り切ってこれたことは、ビートルズが最も貢献度が高い。エルビスもディランも大いなる存在ではあるけれど、世界で保守と戦って若者の文化を正当に広範囲にいたるまで広めたのはビートルズが最大の旗手だった。ストーンズやフーなどのイギリスのバンドはビートルズに比べると社会へのインパクトと影響力は、はるかにマイナーな存在でしかなかったし、むしろ60年代のイギリスの多くのバンドはビートルズを手本にしていたような感すらあり距離感は相当なものだった。
その後、ビートルズは解散し、ハードロックが台頭し60年代のストーンズやフーも主役をハードロックバンドやプログレバンドに譲った70年代は、人々の道徳観という名の堤防が決壊しどんどんありとあらゆるバンドが保守や世評などを気にしないで登場してこれた。ある意味では70年代がロック何でもありの楽しい時代だったのかもしれない。
時代は流れ、今はロックは主張すら少なく感じる。でも当然だ。すでにロックは市民権を持っていて社会に反抗する必要がないわけだから。ロックは単なるひとつの音楽分野になったのかもしれない。
社会でぎりぎりのところで楽しんでいたロックの時代、ビートルズを追っかけたミーハーファンは明らかに純粋であったとしても、一面社会では反抗的だった。今、様々なロックコンサートに行ってみて、その客席の風景にはすでにロックコンサートの危ない雰囲気はない。正直、どんなコンサートに行ってもそれは同じで、65年のビートルズ来日で叫び続けたミーハーファンのほうがよほど体を張って社会と戦っていたと思う。
60年代、ビートルズの時代、激動する時代だった。ビートルズが美しい曲を書いたからポップバンドというのは全く違う。彼らにはすべての音楽に通じるアートな才能があっただけだ。そして、当時の彼らほど社会を破壊したエネルギー満載のロックンロールバンドはいまだかつてなかった。 今、男のファンが増えたからこそ思い出すけれど、あの頃の女性ファンは今なにをしているんだろう。
しかしもう2007年か。2000年になったとき本当に時間が過ぎて、相当長生きしたと思った。それからすでに7年も過ぎたわけだ。ポールも今年は64歳を過ぎて、サージェントペパーのあの曲の年も超える。リンゴに至っては67歳なのだ。もうすぐ70歳!!まさに老人。
変に感心するのは、Hard days night あたりの若さ溢れるアルバムでも聞いていると、つい先ごろビートルズが作ったような錯覚すら起きる。70歳間近の老人が作った作品とは思えないのだ。もし、4人がそろって70歳にでもなったとき、あのジャーンというコードでHard days night でも演奏してもなんら不思議もない。自分だけの勝手な見解かもしれないけれど、そのくらい彼らのイメージは若いままだ。
子供の頃、50歳のオヤジを眺めていて「老人だなあ」と思った記憶がある。まして、70歳の老人ともなると、もう人生も終わり、という印象。それが彼らになるとジャーン!の音のままでいられる。
その効果は絶大で今でも彼らのアルバムを聞くと心も躍るし若さも戻る。ビートルズに染まった世代は得だ…そう思うことがしばしばある。なんたって年取らない気分でいられるんだから。
ポールが過小評価されるって話は前にも書いたけれど、それはポールに限らずおそらく有名になるほど誰でもが批判の対象になるから仕方がないような気もする。しかし、ポールの場合は、あまりに差が激しいから余計なのだろう。
サージェントペパーから解散まではビートルズは明らかにポールの独壇場だった。その時期、なにをやってもサマになったのはジョンやジョージよりもポールだった。解散してからジョージが爆発して、ジョンが底力を見せて、それでも結局はポールがBand on the runやVenus and marsで凄さを見せては、結局ウィングスは70年代でエルトンジョンとともに最もレコードを売ったアーチストになった。ポールは結局は音楽では負けていないのだ。
ただ、それ以降はジョンも死に、ビートルズも遠のくにつれて、ポールはどこかしら「流し」ながら創作活動を続けてきたような印象も持っている。何かを変えようとか、負けまいとか、才能を出し切ろうとか、そんな姿勢はもともと彼らにはないものの、作品そのものにもどこか挑戦する姿勢はなくなっていった。
でも、批判はあれどそれでいいように思う。ビートルズは誰もが超えられない壁だし、それは本人のほうがよほど痛切に知っていたように思う。ジョンもいなくなった後、あとは流れるように好きな音楽を作ることが快適な生活だったように想像してしまう。
もちろん、もしジョンが生きていたりビートルズがなにかしらで集まるなら相当姿勢は変わったのだろう。
ポールは絶対にビートルズの核だった。批判するほうは、ポールをビートルズの核としてみる。だから流れる姿勢は気に入らないし、許せない。偉大さゆえのいたずらなのだろうか。
ジョンが歌う初期のカバーではなんと言ってもこのBaby it's you が大好きだなあ。Twist and shoutのほうがあまりに有名だけれど、こちらはジョンのバラードセンス満開で最高。
こんなの歌ってんのが20歳過ぎたばかりの若造でしかないのも信じられんって。それも、ビートルズが歌ったからかもしれないけれど、オリジナルよりよほどこっちのほうが有名だって。
ジョージのギターもいい音で鳴ってるし、シャラララのコーラスも原始的でもなぜかほほえましい。ポールとジョージがマイクに固まって歌ってんだろうから。
この曲とAnnaはジョンのコレクター魂も見せてくれてるなあ。こんな曲もジョンは若い頃好きだったわけだ。マジでビートルズの連中、いや、リバプールの片田舎の連中がコレクションするには相当苦労しただろうに。ポールが数年前、Run devil run を発表したとき、ポールがインタビューで、レコードもなくて数回子供の頃ラジオかなにかで聞いただけの曲をずっと覚えていてそれを録音した、なんてことも語っていたけれど、彼らの音感の凄さは、これらのマイナーな作品もずっと覚えていて、それも見事にカバーしてしまうところにまた感心したりする。
マジで、Till there was you なんて、当時のジャズコードガイドブックもなにもない連中が耳だけでコピーしたのかと思うと、驚愕だって。それもジョージは見事に弾いてるし。
Baby it's you は聞くたびにビートルズの才能とジョンの声に参るなあ。凄いよ。
こんなの歌ってんのが20歳過ぎたばかりの若造でしかないのも信じられんって。それも、ビートルズが歌ったからかもしれないけれど、オリジナルよりよほどこっちのほうが有名だって。
ジョージのギターもいい音で鳴ってるし、シャラララのコーラスも原始的でもなぜかほほえましい。ポールとジョージがマイクに固まって歌ってんだろうから。
この曲とAnnaはジョンのコレクター魂も見せてくれてるなあ。こんな曲もジョンは若い頃好きだったわけだ。マジでビートルズの連中、いや、リバプールの片田舎の連中がコレクションするには相当苦労しただろうに。ポールが数年前、Run devil run を発表したとき、ポールがインタビューで、レコードもなくて数回子供の頃ラジオかなにかで聞いただけの曲をずっと覚えていてそれを録音した、なんてことも語っていたけれど、彼らの音感の凄さは、これらのマイナーな作品もずっと覚えていて、それも見事にカバーしてしまうところにまた感心したりする。
マジで、Till there was you なんて、当時のジャズコードガイドブックもなにもない連中が耳だけでコピーしたのかと思うと、驚愕だって。それもジョージは見事に弾いてるし。
Baby it's you は聞くたびにビートルズの才能とジョンの声に参るなあ。凄いよ。
最近時々思うことだけれど、ビートルズもよく解散から37年もの間、雨風に打たれながらも素晴らしい評価を保ってきたものだと思う。解散したということは、メンバー個人が評価にさらされるわけだから、グループとしての評価以外にも耐えなければならないことになる。
おそらく、ビートルズというグループのままだったらあまり散々な話もされずにすむかもしれない。なんたって最高のグループだから。でもそれは4人で最高だったわけで、一人一人になればやはり、個人の完成度は下がるし100%を実現できる個人もそう簡単にいない。だから、ポールはロックを捨てただの、ジョージは才能が少ないだの、リンゴはただのドラムだけしかできないだの、挙句にジョンも生前は散々変体扱いされた。でも、グループだったらそれで世界最高のグループのままでいられるわけだから、いちいち細かな突っつきも少なかっただろう。実際に4人で作った時の音楽は完璧になるわけだから。
解散して個人が露出したことは、逆に言えば粗が見えるようになったということでもあったはずだ。散々批判されてきたにもかかわらず、ここまで生命力を持ったのは、やはり音楽そのものが良かったからなのだろう。あまりに有名になったがために、どんどん私生活や心情も暴露されては、批判は音楽以外にも至ったけれど、音楽だけは批判されようが結局は死に絶えることはなかった。
4人で作った音楽はそのくらい完成されたものだったのだろう。
海外に住んでいて思うことのひとつが、移民の多さ。日本では移民というとどこかまだ少数だけれど、海外の国々に行くと移民はすでに一般的で特に珍しさもない。よって、国際結婚なども茶飯事だ。
考えてみると、ビートルズの4人とも国際結婚だった。最初は4人ともイギリス人同士だったけれど(ポールはイギリス人のガールフレンドだった、正確には)、結局、ジョン→日本人、ジョージ→メキシコ人、ポール→アメリカ人、リンゴ→アメリカ人、という奥様達となった。
これも凄いことだなあ。考えてみると、自分の周りの中学時代の親しい友達4人が全員国際結婚だったとしたら、まだまだ日本人は仰天する驚きだ。
最初はイギリスの中で交流を持っていた彼らは、次第に世界が舞台となったあとは国境を超えて価値観を持ち始めたということか。それも結局はイギリス人よりも、日本人やメキシコ人やアメリカ人の相手の方が全員長続きしたわけだから、いまさら当然だけれど、彼らもイギリスでは収まりきらない規格外だったのだろう。
でも、アメリカ人とイギリス人はなんとかわかるけれど、メキシコ人…なんとかまだ理解可能。やっぱり極めつけはジョンの日本人奥方、小野ヨーコだろうか。まだまだ、第二次世界大戦の後遺症もあった1960年代、日本のとんでもない雰囲気のぶっ飛んだ女を世界のメディアの見守る中で女房に決定するという事実。
さすが、ジョンには怖いものはないぜ…




