雑記と日記

ここでは、「 雑記と日記」 に関する記事を紹介しています。
今日はビートルズ関係なしの日記。


連休で旅行も花盛りのようだった。明日で終わりだろうけれど、とりあえずリフレッシュしているのだろう。若者が海外旅行をしなくなった、というニュースもネットで見たけれど、どうも不思議だな。若者ほど感受性豊かに新しいものを得られるし、好奇心も一番旺盛な時期なのだけれど。日本人という気質も根底から変わっていってるのだろう。でも消極的な方向に変わるのも心配なのだが…


これから連休があけると、今度はいよいよ中国のオリンピックが近づいてきて、その話題も多くなるのだろうな。あれだけ事前にすでに騒ぎになっているので、終わるまでどうなるかわからない雰囲気も世界に漂っている感じだけれど、一番気にしているのは選手かな?それとも政治家かな?

それにしても中国の勢力拡大は凄い。このまま拡大すればアメリカをも追い越す力を持つという予想もあるようだけれど、そうなったら世界のトップが代わり世界の価値観ももしかしたら中華思想こそ世界軸になことすら起きるのかもしれない。今までのモダニゼーションはすべて白人の文化の踏襲でまとまっていたけれど、それを中国が飲み込んだときにどんな変化が起きるのだろうか。予想もできないけれど、おそらく日本は相当な覚悟をしておかないと世界の激変に負けていって力を失う可能性は否定できない。資源も農業も他国にたよらざるをえない日本が世界で生き延びてきたのは、労働の質と技術力だったけれど、労働の質もちょっと危なそうだし、技術にしてももう中国が競合国になるのは近未来図。

中国やインドなどが自国で技術力をもてば、世界も日本もちょっとの環境変化ではすまないだろうなあ。資源生産国や労働力のある国が技術をもつってことはどこよりも強いってことだから。その典型が今まではアメリカなわけだし。


ニュージーランドの繁華街ではもうすでに中心民族はインド人と中国人、そして韓国人あたりなりつつあるけど、これもここだけじゃなくてロサンゼルスでもサンフランシスコでもニューヨークでも起こっている現象。そして、日本人はどこにいっても本当に少ない。それだけ移民を好まない民族なのだろうけれど。世界の呼吸を若者はもっと知ってもいいんじゃないかなあ。毎年のように世界は凄い変化してんだけどな。

これから世界は激変するってときに若者が旅行もしなくなるってのはちょっとオジサンは心配なのだ。
オリンピックもそうだけど、とにかくニッポンガンバレ!



昨日、ネットのニュースでジェネシスのフィルコリンズがもう音楽の最前線から引退するという話が出てた。ちょっと寂しい。

彼は好きなドラマーだったし、好きなミュージシャンだった。ジェネシスは多くの古くからのファンは、ピーターこそジェネシスなんだけれど、あれだけグループを世界のトップに押し出したのは、好き嫌いは別にしてフィルコリンズだったからな。僕はどちらも大好きだからあまりそこで議論はしたくない。

でも、2人はちょっとしたジョンとポールだったのだ、僕にとっては。もちろんピーターがジョン役で、フィルコリンズがポール役だけれど。

でも、もうこの再現もなしか。できるなら、またシネマショーのライブ聞きたいぜって。


少し時間があるので、ネットでも情報は取れる毎日。
忙しいとネットにも目は通さないし、第一頭の中が混乱状態でなにもできないことが多い。でも、最近はそんな夢遊病者のような生活からも少しは遠ざかっていて調子が戻ってきたのだろうか。普段通り過ぎることでも、案外いろいろと気がつくこともある。

そんな中で気が付いたのだけれど、自分はいったい何やってんだ?という疑問。
もういい加減、自分の歳を考えるとビートルズだのロックだの人権だ自由だ希望だって…こういう状態なのも不思議な気がしてきた。考えてみると、こんな精神状態はおそらく学生時代に燃え上がるものなんじゃないか?それが40代にしてこの話に傾倒してんのもどうも…俺はなにしてんだ?

もう俺の昔の友達は会社なら部長、下手すると役員だって相当いる。彼らは会社の責任だの経済だの家族の将来だの、とにかく俺とは全く世界が違うことに関心が強い。もちろん、俺は会社の生活はとっくにやめたからこうなるのかも知れないけれど、そうだとしても、この精神年齢はどうも自分でも不思議だ。


でも、言い訳すればこれもビートルズのせいなんだけどね。
彼らに出会ってから、ほとんど心のレベルが同じところで騒いでるだけのような気もしてるから。いまだに感動だの、夢だの、才能だの…こんなこと考えてれば本当に俺はどうしようもない「少年」なのかもしれない。

まあ、ビートルズのせいなら、感謝すべきなんだろうな。なんたって少年なんだから(笑!)
でも、じゃあ、もし、彼らが世の中にいなかったら、逆に俺は会社の重役にでも今頃なれてたっていうのだろうか…?????


思考回路停止。






日本は今はゴールデンウィークだろうか。
どうもカレンダーの感覚がなくなってしまって久しいので、そんなことを考えるとつくづく時間が過ぎたことを実感する。かつて会社勤めをしていた頃には、この時期はやっと開放さるって喜んでいた季節だ。

今日は、この時期にしては温かく海辺に出かけて愛犬と遊んできた。
ビーチで時間が過ぎるままにいると、何故か喧騒の中で過ごした生活も懐かしくなる。勝手なもので、ないものはほしくなったり懐かしんだり。でも、今あるものには価値がわからなくなることが多い。


ジョンレノンの「心の壁・愛の橋」に入っている What you got を時々やたらに聞きたくなることがあるけれど、今日はそんな心境だった。



久しぶりに旅に出た。2泊だけの旅だけれど、それなりにリフレッシュした。
大自然の中で過ごした時間はなにかあらたな「やる気」を運んでくれるから嬉しいものだ。やはり毎日同じこと続けてるわけにはいかないかな。思考回路が停止する。

大自然の山間のコテージの中でMother Natures Sonがずっと頭の中で鳴ってたな。あの清らかなメロディが美しく景色にマッチしてた。

ニュージーランドの自然を走るといつも思い出すのが夢の旅人なのだけれど、それはニュージーランドがイギリスの風景と似ているからだろう。今回はダニーデンというスコットランドの影響が強い町を旅したけれど、尚のこと、そのあたりでは夢の旅人が鳴り続いた。

こういった曲はビートルズやソロの作品としても、地味なイメージがあるけれど、こうしてその風景に染まると、地味なのではなく、その土地のフォークソングのような意味合いを持っていることが、やっとわかり始める。

夢の旅人がイギリスでアレだけヒットしたのは、やはり皆景色を見ながら歌いたくなるような曲だったんだろうな。緑の丘と、羊と、打ち寄せる波を見ていて、本当にそう感じた。



今日、ネットでみてたら光市事件の少年が死刑判決という記事を見た。
死刑は嬉しいとはいえないけれど、今回は世論がほぼ全てこの判決を支持しているという感情論でも道徳論でも社会正義からでも、死刑しか残っていないという風潮に見える。もちろん、ネットでしかわからないのだけれど。


少年も18歳だった。
日本は自由の国であり、全ての行動は自由だけれど、その行動の責任はすべて自分が最後には追わなければならない。これが自由を享受するときの最低限の原則だ。自由には、自己責任という結論が常にある。

最後にこの判決が決定するなら、日本にはまだ自己責任という自由の選択が残っているのだろうと思う。死刑を喜ぶ人はいないだろう。しかし、自由が生き続けることを喜ぶ人は多いだろう。今回の大衆の判決支持の背景には、自由主義を前提とした判断が根底にあるように思う。生きるも死ぬも、自由の前では判断は平等であるべき。自由をまげて生きるよりも、自由を守るために死を選ぶことが正義であることも起きるのだろう。


長髪で髭、社会に反するような発言、これも自由だった。最初は、それが社会には受け入れられなかった。しかし、それらの自由な行動は、人を不快にするよりも、音楽と表現の自由により人々を開放し幸福にした。もし不快感だけがあったなら、はるか昔にビートルズは消え去っていただろう。

自由を楽しむということは、自分に100%までは合致しなくとも、なにかしら社会に受け入れられるべき社会共存も選ばなければならない。それができないならば、社会の自由を守るため、共存しない選択をした人間はそこから消え去らなければならない、ということなのだろう。

この少年は社会との共存を自ら拒んでしまった。






ポールもこの件だけは社会活動を継続してる。
でも、全員がこうなると世の中は産業革命状態になるかな?

これはポールに限らずお願いだけれど、大金持ちになった人は、遺産相続で余りそうな分は全部社会奉仕のために使い切っておくべきだと思うけどな。10億もあれば、あとは生きていけるわけだから、それ以外はどんな事業であっても世界が変わる方向に利用するなら、世界の富豪の財産だけでも相当産業革命起こせると思うけどな。

これもポールに言うわけじゃないけれど、ライブエイドやチャリティーもあまり好きじゃない。コンサートやって、金払ってるのは結局庶民。スターは全然受け取らないとはいっても、世界的なプロモーションだし、自分ではほとんど出費しないのと同じ。あんなに金持ちスターが集まって、コンサートやるなら、同時に財産の半分くらい全員出してみたらどうか。それだけでもデカイけどなあ。

まあ、ポールはある程度社会に対して寄付もしてきてるけれど。
世の中のチャリティ好きなミュージシャン様達へ、是非自ら率先して寄付してみては?




 [ニューヨーク 21日 ロイター] 元ビートルズのポール・マッカートニー氏が、地球温暖化の進行を防ぐため、より多くの人が菜食主義者になるべきだとの考えを示した。
 ロイターが入手した動物愛護団体PETAとのインタビュー原稿で、マッカートニー氏は世界の食肉業界が地球温暖化の大きな原因になっていると指摘。その上で「生活スタイルの中で誰もが起こせる最大の変化は、菜食主義者になることだ」と述べた。
 自身も菜食主義者であるマッカートニー氏は「われわれの貴重な環境を助け、未来の子どもたちに残すため、この単純な一歩を踏み出すことを多くの人に考えてもらいたい」としている。
 同氏は、食肉業界を維持するため使われる土地や水の量が気候変動に大きな影響を与えているとし、環境団体のほとんどが菜食主義を最優先事項の1つに挙げていないことに不満を示している。


今回の聖火事件の流れは明らかに中国への意見が積もり積もった形で各国から噴出しているイメージがある。発端はチベットだけれど、どうもその背後には民主化されていない大国への不満も見て取れる気もするのだが。思い込みだろうか?

いいたいことも言い過ぎれば政治的な意見になるから感想だけにするけれど、やはりこうしてブログを平気で何でも書けるような環境というもの、言論の自由、信仰の自由、それに人権というものは尊い。これがなければ、夢も希望も語ることさえ空虚なものになる。

自分も一歩間違えて戦時中に生まれていれば、この環境がない世界で育っていたということ。大変なことだったろう。

オリンピックの頃になると、いつも頭の中でなる曲がAll You Need Is Loveなのだけれど、これも連想しているのは平和と愛と自由。あのジョンレノンのヒッピーで当時ぶっとんだ格好で世界中継されたわけだけれど、さぞや世界はあのヒッピー連中の画面に困惑しただろう。でも、表現の自由ということは、そういうこと。

ビートルズに出会わなかったら、おそらくは僕も意見も言わないことが美徳と信じる世界で生きてきたかもしれない。けれど、出会ったのが良かったのか悪かったのか…。ビートルズのおかげで、言論の自由を最大限利用して生きることの快感も覚えてしまったかな???