映画の話

ここでは、「 映画の話」 に関する記事を紹介しています。
今日、寂しいニュースがまた聞こえてきてしまった。
SF作家のアーサー・C・クラークが死んでしまったのだ。この人の作品は早川書房から翻訳が出ていて、昔何冊か読んではその創造性に感動させられた。「幼年期の終わり」などの壮大なスケールの小説がSFで出来上がってくる背景に、知性と創造性のなせる限界業のようなものまで感じたことがある。大袈裟かもしれないけれど、一種の知的生命体の完成形のような美学が小説の中にあった。


でも、一番大きな影響を受けたのは、やはり「2001年宇宙の旅」。
宇宙の神秘、近未来の社会、人間の輪廻、生への哲学、それらすべてが凝縮したストーリーは、あまりの奇想天外でロマン溢れる展開に言葉を失った。映画では、スタンリーキューブリックが手がけた映像美の見事さとの相乗効果で、本当に宇宙空間で生命の真実に迫っていくような感覚に陥ってしまった。映画を見て、考え込んだ時間は、この映画が「最長不倒距離」だった。

この作品以降、いい台本で作られたSF映画は多いし、スピルバーグの未知との遭遇やルーカスのスターウォーズなどの娯楽作でありながら人間の哲学を語る良い名作も登場した。けれど、おそらくは、どの監督、どの作家でもこの2001年の世界には立ち入っていない。その分野のSFではこの映画で完成形であり、2001年以上の思想を映画に入れ込むことは不可能だということも、おそらくは名監督達も十分知っているのだろう。どんなSFXを駆使しても画面だけの工夫では、2001年宇宙の旅の観念のレベルには達しない。

こういう作品、こういったモニュメントとなるべき作品はなかなか存在しない。
見ただけで、人生観というギアが確実に変わる。この2001年宇宙の旅は、僕にとっては映画のサージェントペパーズロンリーハーツクラブバンドだった。

そんな作品の作家が他界した。
時代の流れは止められない。

アーサーCクラークへ
美しきスターチャイルドにならむことを祈ります
さよなら



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 あきずに映画の話題。
一番好きな映画は何ですか?ときたれた場合、僕は決まってこの「ニュー・シネマ・パラダイス」を言うことにしている。理由は、自分そのものだからかもしれないし、表現や感性が似ているからかもしれない。でも、間違いなく言えるのは、この映画には素晴らしき心が美しく表現されていることだろうか。自分が過ごした時代やかかわった人たち、それがいいことも悪いことも、美しくも貴重な経験として大切に表現されている。だから、すべてのシーンは光り輝きまったく新鮮さを失わないまま今も多くの人に感動を与えている。

 だれもが純粋になにかに熱中すること、誰もが過ごす成長への時、それに誰もが省みる過去。このニュー・シネマ・パラダイスにはそれらすべてがきめ細かに語られている。登場する人たちの言葉はどれもが一言の意味を持ち、言葉に深い説得力がある。それは、人と人とがわかりあったときだけに生まれる言葉の重さだろうか。

 僕はニュー・シネマ・パラダイスには、ずいぶん心を浄化された。それまで成人しながら、ずるさや悪賢い選択を覚えてはごまかしながら過ごした時間を反省もしたし、好きなことを続けていくことがどれほど素晴らしいことかも改めて確認した。

 この映画には、僕のすべてがあったようにさえ思っている。ニュー・シネマ・パラダイスとの出会いがなかったら、好きなことを続けるという簡単な選択をも忘れていたのかもしれない。

 これに関しては余談かもしれないけれど、ビートルズのリバプール時代からのストーリーを読むと、この映画のもつ成長期の少年や青年の描写ととても似ているように感じる。それは単に自分がビートルズのファンであるからだろうけれど、この2つの対象のもつ純粋な魂が目指した音楽と映画という憧れの世界に、僕はダイヤモンドのような透明で純粋で硬質な輝きがまぶしいほどに感じられてしまう。
 
 ニュー・シネマ・パラダイスは自分が老人になって、いつしかまたビデヲを見るときにもその新鮮な感性は同じままに僕に何かを訴え続けることだろう。それはビートルズがずっとそうであることとほぼ同じことだろうと思っている。
 
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 映画、地獄の黙示録は僕の時代のモニュメンタルな作品だった。フランシスコッポラが描いてきた「アメリカの姿」はここ終結したかのような印象で、コッポラの総集編なのだろうという気持ちでこの映画を見た覚えがある。

 それまでのフランシスコッポラはやはりゴッドファーザーがあまりに僕の中では代表作であって、黒澤明の感性を踏襲するような美しく迫力のある画面にも僕は陶酔していた。

 地獄の黙示録では、アメリカという表現を超えたイデオロギーが矛盾や実存主義的な方法論で僕に迫ってきては、「自分の生きる価値や生きる意義」までも僕に考えさせた。映画がここまでの迫力をもって僕に迫ってきたのは、この映画と2001年宇宙の旅だったろうか。もっと思い出せば出てきそうだけれど、インパクトという意味ではこの2作は抜け出ていた。

 僕にとってはアメリカを徹底的に覚めた目で見た映画だったし、それはアメリカに様々な影響をうけて育った僕達世代への不思議な教訓もそこには隠されていたような気さえする。
 僕自身もそのころから物質的な喜びから精神的な哲学的な満足を得るような人生観にずいぶん変わった。それがいい悪いではなく、それが僕の満足だとわかったからだろう。

 地獄の黙示録は、僕が理性的に何かを考えて進路を決める役目を果たしてくれたのかもしれない。自分の年齢と精神的な成長度合いもちょうどそこで合致したのだろう。その意味ではいいタイミングで出てきた映画だった。

 思い出せば、理性ではなく、体と感性がどうしようもなく反応してその後の自分の人生を変えることになったのがビートルズだった。そこには理性や理論ではなく、爆発するエネルギーと揺り動かされるほどの音楽の才能があった。

 いい時に素晴らしき才能にめぐり合えたことが自分の今を作ってくれたのだろうと思っている。いい時代、素晴らしき才能を持つ人たちと同じ時代に生まれたことに僕は感謝している。



 
 
 
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 映画の話題でもうひとつ。モーツアルトをやや映画風に演出し描いた作品が「アマデウス」。これも大好きな映画だったからやはり100回は見ているだろう。

 これには参ったな。天才と凡人の明暗があまりにはっきり描かれているから。モーツアルトは天才で自由奔放。それでいて、次々となんの悩みもないまま名曲を作り続ける。しかし、ここで凡人代表のように描かれているサリエリはモーツアルトを嫉妬し、自分にそこまでの才能がなかったことを嘆く。モーツアルトの素晴らしさには負けることを知りつつ、モーツアルトを批判したり罵声を浴びせながらも、それを超えられない自分を省みるストーリーだ。もちろんモーツアルトは他人などなんにも気にしてないし、ライバル心も持っていない。そんな自分を比較するような必要すらない。天才だから。

 モーツアルトは間違いなく、現代で言えばビートルズだったのだろう。同じだ。誰に嫉妬することもなく、自分好きに遊んでいても曲はどんどん出来ていく。ジョンもポールもこのタイプなのは間違いないし、この映画のサリエリのごとく、ビートルズを嫉妬し批判した連中は60年代から数えたら限りない数に登る。もちろん、ビートルズ側ではなにも気にしてない。自分たちを誰かと比較すらしない。天才だからそれでいい。

 しかし、なによりこの映画、アマデウスで僕が参ったのは、これで完全に僕自身は凡人だってことに気が付いたことだ。映画の中で共感したのは、サリエリであってモーツアルトじゃなかった。サリエリの心境がどうしようもなくよくわかった。

 それ以来、僕は自分の天職は音楽や芸術じゃないこともわかった。なぜなら他人を嫉妬するからだ。自分と他人を比較するような職業も続ければ疲れる。なので、自分が納得して自分の満足を得られる仕事を探さないとならなくなった。アマデウスは僕のターニングポイントでもあった。

 映画、アマデウスからすでに20年以上が過ぎた今、僕は、自分の仕事と生活にとても満足している。


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 ジェームスディーンの映画、エデンの東が好きだった。何度みただろうか。おそらく100回以上は見ているのだろう。ジェームスディーンはどこか孤独感が漂っていた役者であったけれど、その孤高の存在が最もよく表現されたのが僕にとってはエデンの東だった。

 それは、どうしようもなく切なく、素晴らしく純粋な青年の心を描いているのだけれど、ラストシーンなどは涙なしで見れないほどの純真さがあまりに美しかった。

 映画の中でジェームスディーンは、本当は尊敬する父親を必要とし、なんども気に入られようと努力するが、生き方が違う父親はジェームスディーンを愛さない。そして、母親は早くから違う人生を送り始め、幼くして顔を知る前に別の生活を送る。ジェームスディーンの叫びは、父親と母親の愛情を求めた素直で優しい青年の叫びだったけれど、叫びは最後まで届かなかった。
 唯一、ジェームスディーンを理解したのは同じ境遇をしる女性だけだった。

 なぜ、この映画が好きだったか。僕は、もしかすると同じような人生、幼年から青年期を送ったのかもしれない。映画ほど切実でないにせよ、僕はエデンの東をどうしても映画として見れなかった。自分の過去を見るような思いさえした。

 今日、エデンの東を思い出して、ジョンのマザーを聞いた。ジョンレノンの青年期もまさにこの映画のようだったのだろうか。僕がジョンの何かに惹かれるのは、この映画に感じることと同じなのかもしれない。


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